今日の晩御飯は何にしようか、とぼんやり考えながら街を歩く。もう夜は深まって、終電はとっくに出てしまった時間だ。メールの確認も兼ねて時計もついでに見、未だ家に帰れてない状況に溜息をついた。いやまあ、結構日常茶飯事なことなんだけども。
「(あれ、開いてる)」
そういえばライブラに荷物置いてきたんだ、と思い出したのが仕事終わり直後の数十分前。こんな時間に未だ残ってる人はいない(=扉の鍵あいてない)、と気付いたのが数分前。駄目元で行ってみよう、と方向転換するのも億劫で仕事場に寄る選択をしたのも数分前。今、ライブラに着いて扉を開けようとしたらすんなり開いた。願ったり叶ったりとはいえ、まさか開いてるとは思ってなかったからつい固まってしまう。
「ああ、おかえり。遅かったな」
「ただいま。なんかやたら逃げ足速いのがいて」
「そうか。無事で何よりだ」
いったい誰が残っているんだ、と扉から顔だけ出すようにして中を覗いたら、こっちを見てたのかすぐにソファに座っていたスティーブンと目が合った。へらりと笑っているその手には書類が数枚ある。
「こんな時間まで仕事か?」
「いや。……いや、まあ、うん、そうだな」
珍しく歯切れの悪い返事をするスティーブンに首を傾げつつ、自分の荷物を取りに行く為にスティーブンのとなりを通る。こんな時間まで頑張ってる彼には悪いが、自分の今日の仕事は終わったからすぐに帰ろうと思う。
「ああ、君の荷物なら此処にある」
「え」
すれ違った直後、スティーブンから発せられた言葉に振り返れば、彼の座っているところの隣に自分の荷物は確かにあった。……すぐに手渡せるよう移動しておいてくれたのだろうか。
「ありがとう?」
「ああ」
俺の荷物を何故スティーブンが自分のそばに置いたのかイマイチ分からなくて疑問符のついた感謝になってしまったが、彼は気にしてない様子だった。スティーブンにしては何だかぼんやりしてるなと思ったがすぐに、こんな時間まで仕事してたらそりゃぼんやりもするわと思い至った。
「じゃあ──」
「君の荷物があったから、一度戻ってくるかなって」
「え」
じゃあまた明日、と言おうとした言葉は、立ち上がりながら喋り始めたスティーブンに遮られてしまった。ていうか待って、スティーブンがこんな時間までいるのって俺が理由なの。何で。
「待ってた」
「……こんな時間まで?」
「こんな時間まで。ナマエなら、もうちょっと早いと思ってたんだが」
「すみませんねえ」
「ああ、責めてるわけじゃないんだ」
振り向きざまに口角を上げたスティーブン。スカーフェイスでも色男なんだから、美人でも連れてディナーにでも行けばよかったのに。なんで俺を待つ必要が──
「夕食でもどうかと思ってね」
「……」
……あ?
「誘う相手間違えてるだろ」
「まさか。間違えてなんかないさ」
クスクス笑いながら、ソファの背もたれに掛けてたジャケットを羽織るスティーブンに掛ける言葉が見つからない。こいつ阿呆なんじゃないか?
「……この時間までやってる店、そんなないだろ」
「目星つけてた所があってね。さっき連絡して開けてもらった」
「……」
「じゃ、行こっか」
こっちを見ながら小さく首傾げて笑ったスティーブンに開いた口が塞がらない。待て、今のまま出口に向かうな。じゃ、行こっかじゃない。おいこら待て止まれ。ステイ!
「お前やっぱ誘う相手間違えてるだろ!?」
「だから間違えてないって」
「意味わかんねー……」
普通こういうのってさあ、恋人とか好きな人にやるもんなんじゃねーの。何だこの甘遇。同性の同僚なんかにやる? 俺はやらない。本当に、意味が分からない。
自分は立ち止まったままで、立ち止まる気配のないスティーブンの背中を見ていれば彼は小さく笑った。
「意味なんて分からなくていいさ」
ライブラの出口を開いて振り向いたスティーブンは、背景の月光の効果も相まって雰囲気がある。同性から見ても文句無しに色男なのだから、やはりコイツは阿呆だなと思った。
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