晩ご飯も食べたし、あとは風呂入って明日の予習して寝るだけだ、と重く感じる足を動かして自分の部屋へと向かっていた。歩きながら明日授業で自分が当たりそうな箇所を予想していると、前の方から誰かが歩いてくる。風呂上がりなのだろうか、彼はタオルを片手に持っていた。

「あれ? 白布だ」

 向こうが誰か分からない以上話しかける理由なんてないし、と普通に通り過ぎようとしたら、通り過ぎた直後に声が掛かった。それは聞き覚えのある声で。

「よお」

 通り過ぎようとした男は同じクラスのナマエだった。いつも一緒にいるのがお決まりというような仲ではないけれど、擦れ違えばどちらともなく挨拶するような、なんてことはない仲。友達と言えば友達だし、知り合いと言われても態々否定はしないような仲。
 そういえばコイツと組んだグループワークの発表がそろそろだったなと思い出しながら、さっきからちょっと気になっていたことがあったから聞いてみる。

「なんかいつもと違うような」
「え? なんだろ……髪?」
「あー……」

 なるほどそういうことか、と納得した。聞けばいつもは軽くワックスで整えているらしい。

「毎日髪すげー立たせてるのとかいるじゃん。あれセットするのにどれくらい掛かってるんだろ」
「知らないけど絶対似合わないからやるなよ」
「……絶対?」
「絶対」

 まさかこの会話がなかったら今度やってみようとか思ってたりしてなかったよな? とナマエの反応に少しの疑念を抱きつつ、彼を思ってくどいくらい否定しておいた。

「(ていうか、なんか、)」
「白布ご飯食べた?」
「……」
「……白布さーん」
「え? あ、おう。食べた」

 そっか、と聞いた割には軽い返しをするナマエに違和感が拭えない。髪型一つでこんなに雰囲気違って見えるのか。髪型が違うと言っても、そんな言うほどでもない筈なのに。

「てかバレー部ってこんな遅くまで練習してんのね」
「まあ、大会前だし」

 なんだか思考が変な方向に行きそうな気がして、無理矢理頭の中の話題を変える。ナマエのことは隅に追いやって、ちょっと前まで考えてた明日授業で自分が当たりそうな箇所だとか出された課題のことを思い出す。……思い…………出す…………。

「(ナマエ邪魔。なに隅っこからチラチラ顔覗かせてんだ、俺は勉強のことでいそがしい)」

 頭の中にいるナマエを追い出すように手を払えば、目の前にいるナマエは首を傾げた。やべ、と思いつつ、その話に触れさせないよう先制を打つようにそろそろ、と言えばナマエはこっちが言いたいことが分かったのかあっさり頷いた。

「部活お疲れ。またね」
「おー……」

 タオルを持った手で軽く手を振ったナマエに、こっちも(ほぼ手を挙げるだけの状態で)手を振った。……身体洗ってさっぱりすれば、思考もさっぱりするだろ。──と思っていた時がありました。

「…………あー……」

 軽く考えてたことは全く当てはまらなかった。風呂に入っても、課題を片付けても、予習をしても、布団に入ってもチラチラチラチラとナマエが浮かぶ。やめろ出てけ、と言っても脳内にこびり付いたかのように離れてくれない。やめいやめい。

「(頼む明日も朝練なんだよ早く寝たいの。出てけよ何で俺の頭の中にずっといるんだよ。ていうか何で普段髪型変えてんだよしねかっこいい。えっ、まって同級生に格好いいって何。引く。うわやめて。ナマエどうしてくれるんだしね)」

 ねむれない。





「……」

 朝。寝不足の所為でぼうっとすることが多かった故に、叱られたり心配されたり怒られたり叱られたりした朝練の出来事を思い出しながら教室に入る。朝の挨拶が飛び交わる中、ホームルームの前に数分でも寝とこうと思い自分の席へ一直線に歩く。……ああ、今度は実物のナマエがチラリと見えた。……多分。なんかもう頭の中にナマエが出過ぎたせいで幻覚かと一瞬思ってしまった。ナマエしね。理不尽じゃない、ナマエが頭の中から出てかないのが悪い。ナマエしね。

「あれ、白布だ。おはよう」
「ん」
「朝練お疲れ」
「ん」
「……大丈夫?」
「ん」
「本当?」
「ん」

 大丈夫じゃないじゃん、と言うナマエをぼんやりと見る。昨日の夜からお前が頭の中に出てきて何にも集中できなかったし眠れもしなかったんだよどうしてくれんだ、というクレームを言いにナマエに近付いたのだが、近付く途中でこれを馬鹿正直に言うのもな、と思うと同時に、文字にして分かったナマエへの理不尽さを理解してやめた。やめたら何言えばいいのか分からなくて、とりあえずナマエの顔をガン見しといた。……なんか、ナマエの顔が良く見える。やだ……怖い……俺ホモなの……?

「ていうかすっげー眠そうじゃん。寝たら? あと数分で先生来るけど」
「……ん」
「え、ちょっと!?」

 寝たら、とナマエが言ったから体重を前に傾けてナマエの胸にダイブした。驚きと戸惑いが混じったような声を出しつつも抱きとめるお前は良い奴だよ。できれば俺だけにその優しさ向けろ。
 ナマエの匂い、とでも言うのだろうか。多分柔軟剤とかの香りなんだけど、それにひどく安心した。なんか、やっと眠れそう。


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