「なずなはかわいいね」
この台詞を事あるごとにおれに言う奴が一人いる。生まれた日がそう変わらなくて、家も足を数歩動かせば行けるようなところにある。……生まれてからずっと一緒。そんな存在がナマエだ。
幼稚園に行く時も、学校に行く時も、教会に行く時も、遊びに行く時も、時には寝る時だって。ずっとずっと、飽きずに手をつないでいた。しかしそれも中学の時までで、初めて自分達から少し距離を置いたのは高校受験の時だった。
「アイドル科かぁ」
「演劇科かぁ」
受験する高校は夢ノ咲学院ってところまでは同じだった。違うのは学科。二人して聖歌隊に入っていた過去があったものだから、誰かの為に歌いたいという願いは同じだったようで、けれどその形は違っていた。ナマエはお芝居も好きだったからだろう。以前、自分じゃなり得なかった誰かを知って、その人になって演じることは不思議で面白いのだと。そう言った時の顔がアイドル顔負けにキラキラ輝いていたから、反対はしないけど絶対アイドルに向いてると密かに思った。そう、反対はしなかった。
「まぁ学校は同じだし」
「……うん」
反対はしなかったけど、寂しかったのは事実だ。まだあまり活発な活動はしてなかったようだけど、一緒にユニットを組めたらとか、高校生になっても距離はあまり変わらないんだろうなとか考えてたから。でも、その思考を遮るようにナマエは言った。
「俺も寂しいよ。でも寂しいだけを理由にしてたら駄目な気がして」
その言葉は最もだった。気がする、なんてナマエはオブラートに包んだけど何も間違ってない。その通りだ。その通りだけど、それで寂しさがなくなるわけでもなくって。別に今までだって二十四時間ずっと一緒にいたわけじゃない。幼稚園や学校のクラスが別れたことだって、お互いに別の友達と遊びに行ったことだってある。でも、いざ自分達から継続的に離れると思うとこみ上げてくる何かがある。それは熱を孕んでいて、鼻の辺りに来るとツンとして。そして目からぽろぽろとこぼれ落ちて昇華される。泣いた、と思うと止めたいのに涙は溢れてきて、その涙を指でやさしく掬われるものだから、そのやさしさに心地良さを覚えてまた泣く。
「学校は同じじゃん。一緒に行こう」
「……うん」
ふふふ、と笑う声がして、いまナマエはどんな表情をしているのか気になって見上げた。そこにあったのはやさしくて綺麗な笑顔で、この表情を役づくりの為に浮かべて、おれじゃない誰かに向けるのかと思うとそれが無性に嫌でまた泣いた。
「なずなはかわいいねぇ」
「…………っん」
こいつからの『かわいい』だけは特別だ。何だか胸のあたりが裂けそうだったのが、次第にポカポカとあたたかくなってきた。