「かわいいって言うな〜!」
小学校に入って数年、そろそろかわいいと言われるのも抵抗が出てきた頃。言ってる方は恥ずかしくないのか、ナマエはそれまでずっとおれのことをかわいいと言ってきた。変なところでモラルがあったナマエは公共の場では言わなかったけど、それでも何となく嫌だった。同い年のくせに子供扱いしてるんじゃないか、とか………………あと、…………男としておれを受け入れてないんじゃないか、とか……。理由を思いついては胸のあたりがツンとして嫌だった。嫌だったから、言った。そしたらナマエは目を数回瞬かせたあと、
「……そっか。ごめんね」
と眉を下げながら謝って頭を撫でてきた。ごめんねと言いつつこの手は何だと思ったが、聞こえてこない『かわいい』に譲歩して甘んじて受け入れた。
それからは本当にナマエは徹底してかわいいを言わなくなった。時々なにか言いそうになった口をすぐに閉じて苦笑いをするナマエを見て、あぁかわいいって言いそうになったんだなと気付いた。そして何故か寂しさも感じた。
「(……何でだ)」
嫌だったじゃん、と自分に言った。もしかして言われすぎて慣れてしまったのか、と思いそんな慣れを与えたナマエに一瞬ふつふつと怒りを覚えたが、直後そんな怒りは風化した。
「……」
別に、そう、かわいいって言ってほしくなかったのは気恥ずかしくて、女の子のように扱ってほしくなんかなくて。だから嫌だったけど、でも不快感はなかった。ナマエはおれ以外の誰かにかわいいなんて普段言わないから、特別なんだと思ってた。なのに、ああもう、馬鹿。
「ナマエ」
本当にばか。何で自分から言ったくせに、もう、ばか。ばかばか。
「………………もうかわいいって言ってくれないのら?」
自分から言い出したことのくせにこんなことを言うのは──しかも、いつものこととは言え噛んだ──恥ずかしくて、ナマエの顔も見れず俯いた。でも数秒経っても何の反応もないから、恐る恐るナマエを見てみる。
「……」
「……」
かわいい禁止令を出した時と同じように、ナマエはきょとんとしていた。おれと目が合えば、いいの? と聞いてくるナマエに、何度も言わせないでほしいと思いながら頷く。するとナマエはここ最近の中で一番嬉しそうに笑ったのだ。
「なずなはかわいいね」
「……へへ」
ナマエの言う『かわいい』にはどんな意味があるんだろう。……特別な意味があるといいんだけど。