たぶん幸せも不幸も
きみの形をしている
インターホンが軽快な音を立てて来客を知らせる。こんな時間に私を訪ねるのはあの子しかいないだろうと思いながら、のぞき穴を見てみると、向こうには可愛らしい女の子が立っていた。
「こんにちは。お姉さん」
「つぐちゃん、また来たんだ」
「お姉さん、つぐのこと嫌なの?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
こうなったつぐちゃんは、意外としつこい。私とつぐちゃんが口論になると負けてしまうのはいつも私だ。純粋無垢でなんでも信じてしまう彼女の瞳を見ると、すこしだけ間をおいてから、謝ってしまうのだ。なんとかして違う話題にしなくちゃ、年上としての威厳が、なんて思っていると、血の気のない額にじんわりと汗が滲んでいるのがわかった。
「麦茶とってくるから、ちょっと待っててね」
「うん。いい子で待ってる」
こぽこぽと麦茶が透明なグラスに注がれていく。なにかお菓子でも持っていったほうがいいのだろうか。棚の中にはめぼしいものはなくて、自分が甘いものが苦手なことを少し後悔した。
「熱くてごめんね」
「まだ日陰だから涼しいよ。それに床も冷たいもん」
「でも汗かいてるよ。毎日来なくてもいいのに」
「つぐが来たくて来てるの。だからいいでしょ」
「……今日は何しに来たの」
「お姉さんに会いに来たの」
「いつもより荷物が多い。もしかして泊まる気じゃないよね」
「一緒に来てほしい所があるの」
「どこに?」
「ないしょ〜」
幸い明日は休み。つぐちゃんのわがままに付き合うことは、嫌いではない。正直ちょっと好き。だからめんどくさそうな顔をしちゃうけど、本当はどきどきしてる。つぐちゃんは突拍子もない事をして、私を非日常に押し出してくれる。お仕事で疲れていても、なんだかすごく楽しくなれるのだ。
「荷物用意するから、どこに行くのか教えて」
「とおいばしょ」
「遠いってどれくらい?」
「つぐもわかんない。でもお金はいっぱいもってきたよ。おこづかいもおとしだまももってきたの」
大きなリュックからつぐちゃんの顔ぐらいのポーチを取り出すと、じゃらじゃらと音をたてながら私に見せつけてきた。心底可愛いと思う。
「しょうがないな……」
***
「お姉さん、どこの買えばいいかな?」
「つぐちゃんが決めていいよ」
「え〜、じゃあ、これ」
つぐちゃんが指さしたのは遠くもなく近くもない場所。でもつぐちゃんにとっては遠いところなんだろうと思ったから、何も言わずに私もそれを買うことにした。
「じゃあ私もそれ買うね」
「うん。どれくらいかかるのかな」
「それはお楽しみじゃない?」
電車はすぐにきて、エアコンの効いた気持ちのいい車内に私たちは飛び込んだ。本当はどうしてそこを選んだのか聞きたかったけど、多分名前が可愛いからとかそういう理由が出てくるだろう。一年もつぐちゃんと一緒にいると、なんとなく考えることも想像がついてくる。
「お姉さん、手つなご」
「ああ、いいよ」
つぐちゃんはまだまだ背が低いから、つり革には掴まれない。手すりにつかまればいいのに、私の手を握ってくる。かわいいから、ゆるす。あ〜子ども体温かわいい。
***
「お姉さん、ここどこだかわかる?」
「わかんないな」
電車に揺られて一時間もすれば、目的地についていた。つぐちゃんは途中から座席に座ったけど、私はなんとなく立ったまま。うとうとしていたつぐちゃんだけど、電光掲示板に浮かび上がる駅名を見たら、すぐに服の袖をひっぱってきて、すこしだけ頭をなでたくなった。すんでのところでやめたけど。
「え〜おなかすいちゃったよ。おいしいおみせないかな」
「とりあえずどっか入りますか」
そういって私たちが向かったのはファミレス。なんというか、無難だよね。可もなく不可もなく。遠出したんだから不可に近いかな。
「オムライス食べたい」
「じゃあ私はチョコパフェ。頼んじゃうね」
チョコレートがゆるく溶け出して、アイスと混じり合っていくのをぼーっと眺める。つぐちゃんもきっと食べたいって言うと思うから、それなりに残しておかなくちゃ。あ〜口の中が全部甘い。甘すぎて胸焼けしそう。パフェとかそういうのが嫌いなわけじゃないけど、わざわざ頼むのはつぐちゃんと出かけたときぐらいだ。
「お姉さん、それおいしい?」
「うん。すごい甘いよ。舌がやけどするぐらい」
「あまくてベロがやけどするの?」
「たとえです」
オムライス食べるの飽きちゃったんだろうな〜。かわいい。かわいくて日本語喋れてるかわからない。
「パフェ食べる?」
「いいの?」
「もちろん」
そう言うと、つぐちゃんはちいさな口をゆるく開く。
「お姉さん、あ〜ん」
「はいはい」
一番おいしそうなところ、ゆるくとけたアイスをスプーンにとってあげる。あまいものは心もやさしくしてくれるいいものだ。
***
ぶらぶらと駅前を散策していたら、いつの間にか夕方になってしまっていた。久々に長い時間歩いていたから、私はもうクタクタになっていたけど、つぐちゃんはそんなことはないらしくて、私の腕をひっぱりつづける。このままどこに連れて行くというのだろうか。
「なまえさん」
ふいに名前で呼ばれた。土地勘のない場所の、よくわからない住宅街。つぐちゃんと私しかいなくて、なんだか異世界に迷い込んだ気分。
「もうちょっとだけここにいようよ」
何度かこうして、日暮れの公園でつぐちゃんと会ったことはあるはずなのに、いつもとは違う場所だからだろうか、すごく奇妙に思える。このままここにいても、誰も怒らない気がしてくる。
「……帰ろうか」
私が言えることはそれだけだった。本当はもっとここにいたいけれども、多分それは間違いだ。何を間違えているのかはわからないけど、でもそれは選んじゃいけない気がする。これ以上道を踏み外しても、意味がないのだ。
「うん。帰ろ、お姉さん」
私の手をひくつぐちゃんの力は、さっきよりもずいぶんと優しかった。
title by 毒と魚