知らずの波打ちぎわ
 かの有名な浅倉透と修学旅行のホテルが同室となったと知ったのは、それらを決めるLHRのあった翌日のことであった。私は体調が悪くて休んでいたのだが、どうやらいつのまにか決まっていたらしい。浅倉は2時間目のあとの休み時間に、私によろしくと一言告げて自分の席へと帰っていた。

 それから幾ヶ月、ほぼほぼ事務的な会話だけだったが、私も浅倉もあまり他人には干渉しない人間だからか、困ったことは特にはなかった。

 1日目は慣れない飛行機での移動で疲労したからか、私は疲れ切っていた。部屋に入るとすぐにベッドへ倒れ込む。
「綺麗だよ、海」
 浅倉が来ていた。ゆっくりと窓の方を向くと、青い水面が光っている。透明だった。

「浅倉、明日の朝にさ、海見に行かない?」
 なんとなく、浅倉に聞いてみた。今見える浜辺にはそれなりに人がいて、思い思いに写真を撮っているらしい。人がいない海は、静かで、もっと透明なのかなって思ったら、気になってしまったのだ。
「うん、いいよ」
 浅倉は見向きもせずに、あっさりと承諾をした。浅倉らしいけれども、随分と淡白な人。


 朝、アラームで目覚めると、浅倉はパジャマのままで海を眺めていた。日はまだ昇っていない。さざめく波の音が小さく聞こえるだけで、窓の向こう側は到底見えそうになかった。
「準備しないの」
「うん。そのうち」
「そっか」
 浅倉のことをよく知っているわけではないから、彼女が支度をするのにどれくらい時間がかかるのかはわからない。なんとなく、自分を着飾ることに興味がなさそうだし、すぐに終わってしまうんじゃないのかな。


 波の音がゆったりと、かすかに聞こえる。昨日の夜に日の出の時間は確認していたけれども、はやく海に行きたい。

「浅倉」
「なに?」
「私はもう行けるけど」
「ああ、ちょっと待って」

 浜辺を歩く。静かな朝だ。波が織りなす音と、風の音だけが響いている。
「浅倉ってさ、海好きなの?」
「好きだよ」
「ホテルで海ずっと眺めてたから、なんかあるのかなって」
「別に、なんもないよ」
「うん。なんかそんな感じした」
「でも、綺麗だなって思う。碧くて、光ってて」
 浅倉は海を見つめている。水面を、水底を。毛先の水色が透けている。朝日は透明を染めていく。私達を、ホテルを、海を、飲み込んだ。
「まぶしい」
「でも綺麗じゃん」
「そうだね」

 数十分すると、他の生徒がそろそろと浜辺に降りてきた。私も浅倉も海を見つめていたけれども、他の子たちは各々ジャンプをしながら写真を撮ったり、海に少しだけ足を浸したりして楽しんでいた。

 朝食のとき、浅倉と幼馴染の樋口が話していた。内容は聞こえなかったが、浅倉が少し笑いながらナイショと言っていたのだけは、聞こえていた。

title by すいせい