優しい春をさがしている

Star n dew by meの設定です。


 今年の文化祭はやけに気合が入っていて豪華だ。なんだか有名なアイドルを招いたらしい。こんな人のいない山奥の学校に来るなんて、ずいぶんと物好き。どうせなら私達が出店する代に来てくれればいいのに、なんて思ったりするけど、私達の代の生徒会長はあんまり行事に積極的な人ではなかった。
 受験の息抜きでの参加とはいえ、こうも盛り上がっているとなんだかムズムズする。元気だね、なんておばさんみたいなことを友人に言いながらタピオカの行列にならびはじめた。

 やっとのことで買えたタピオカミルクティーを飲みながら話していると、廊下に校内では見ることのない金髪の女の子が走っていった。少しして、カメラやあの長いマイクだったりを持った人が息を上げながら走っていく。アイドルって本当に来ていたんだ、なんて思っていると、友人はイルミネだ〜なんて言いながらスマホを開いていた。

 出し物の喫茶でオムライスを食べる。どう転んでもまずくならない品目は、普通の味がした。受験期だからクラスが違えば遊ぶこともめったに無い。だからか、勉強、どう? なんて聞かれるけれど、正直に言えばなんとも言えないような状況である。自分が何者になりたいのかなんてわからないのに、どこに行くかなんて決められる気がしない。全部なんとなくで選んでいる。そんなんだから勉強にも身が入らずじまい。今度の三者面談が憂鬱でしかたならないのだ。でも、今ここで、明るくてキラキラしているこの行事内でそんな話をする気は起きなくて、友人にはぼちぼち、なんて嘘をついていた。

 バチンッ。そんな大きな音がして、暗闇が訪れたのは文化祭ももう終わろうとしているときだった。ちょうど校庭に近いからそれなりに明るいけれども。停電かな、なんて話していると、マイクを付け始めたばかりの、特有の耳に響くような音が校庭にこだまする。

「ここに歌をおいていくよ。」
 ステージの上は、きらきらと輝いている。まぶしい。それなのに、目を閉じられない。
「嬉しいときや、楽しいとき、悲しいときや寂しいときに誰かに触れたくなったら、手を伸ばしてね。」
 どうしてこんなにも、やさしいのだろうか。
「私はその手に触れるから。絶対、離さないから。」

「We can go now!」

 彼女は、暗い闇を照らす太陽のようだった。明るくポップなイントロが流れる。目をつむりたかったけど、彼女を、彼女たちを見ていたくて、自分の手を握りしめた。
 走り出したい。ステージの前に行きたい。手を精一杯伸ばして、あの子の歌に、言葉に触れてみたい。どうしてこんなにも優しいのだろうか。この歌が終わって、家に帰って、明日になったとしても、あの子は私の手に触れてくれるのだろうか。
 ときにメンバーを、ときにステージ前の人々を見ていた彼女の蒼い瞳が、こちらを向いて、にこりと笑った。私のくしゃくしゃな心に触れる。未だにわからない未来と、まわりに心配されたくなくてとりつくろった言葉たち。それらがゆっくりと溶けていくように思えた。

 誰かに触れたかった。迷うことが正しいのか教えてほしかった。彼女の歌が、視線が、表情が、言葉が、私に触れる。

 ステージが終わって、教室に光が戻ってくる。彼女の手をメンバーの子がぎゅっと握っていた。彼女の手に触れてくれる人がいてくれる。それだけのことなのに、私はずっとずっと救われた気持ちでいた。

title by すいせい