天海春香生誕祭2016
オリジナル要素強めの地下アイドル(ライブアイドル)とプロダクションに所属したての天海春香さんの話です。また、ライブアイドルの知識も間違っているかもしれません。相変わらず恋愛要素は薄く、名前変換も少ないです。とりあえず、春香さんお誕生日おめでとう。




私には、憧れていたアイドルがいた。きらめくステージで私に、アイドルというものをはっきりとしたものにしてくれた人物だ。彼女のライブは、私が目指すべき道であり、越えるべき山であった。これは、そんな彼女と私の、出会いと別れの話。


 私が765プロダクションに所属して間もないころ、高木社長からおもむろに声をかけられた。ライブを体験してみないか、と。まだまだレッスンだけでもへこたれていた私には、ライブなんて夢のまた夢のものだったが、社長が誘ってくれたのは今が最善の時なのだろう。ほんのわずかな間でも、社長がトップアイドルを育てていたのは、なんとなくだけどわかっていた。
 
 ライブハウスへと向かう中、私はアイドルについて考える。ライブはまだしも、ファンとの交流というものをしたことがない私には、未だに自分がアイドルになったという自覚がない。ただ、自分が楽しく歌って、ファンの人も笑顔で。そんなものがアイドルなのかなって。それでいて、ライブっていうのは、こう、サイリウムの海に溺れて、たくさんのコールが大きな会場で反響して、アイドルはたくさんのファンに囲まれながら歌うものなのかと想像してみる。自分がその場に立つとなるとひどく緊張して、胃がきりきりと痛くなりそうだけど、楽しそう。でも、憧れていたアイドルに私はなれたけど、その先どうすればいいのかわからない。千早ちゃんは、歌いたいからアイドルに。雪歩は弱い自分を変えたくて、真は可愛い自分になりたくて。やよいや響は家族のために。私には、アイドルになった後の目標がない。楽しく、だけじゃダメなのかな。


 社長から、始めてだからといろいろと今回のライブについては聞いていた。私はどうやら、ライブアイドル、別名地下アイドルのライブに行くようで、そこでは数組のアイドルが歌って踊るのだという。未だに想像はぼんやりとしかできないが、それが私に大きな何かを与えてくれると思っていた。
 
 外の入り口から、地下のホールへとつながる階段を降りる。扉を開けるのは、すこしだけどきどきしたが、それ以上の楽しさがこの先にあるのだと想うと、自ずと力が入る。事務的な長机が視界に入ると、男性がパイプ椅子に座っていた。言われるままに、お財布から、色の硬貨をだす。ピカピカと光っていて、なんだかもったいないような気もした。強面のお兄さんにお金を渡すと、ドリンクチケットという紙をもらった。この薄っぺらい紙が、私が憧れていたアイドルを見せてくれるのだと思うと、ずいぶんと価値のあるものだ。足を進めると、どうやらフロアに入ったようで、広々とした空間にはファンの人がステージの前に集まっているのが伺えた。考えていたよりもずっと暗くて、ほんの少しだけ心細くなる。心音は早いリズムを刻み、手には汗が滲んできた。緊張と、興奮とさまざまな感情が入り交じる。刹那、闇が深まったかと思うと、ステージとアイドルが赤く照らされる。何も知らない私は、その輝きだけに見惚れていた。名前さえも知らない、赤の他人に魅了されてしまったのだ。歌が始まったかと思うと、ファンのコール。ステージの上のアイドルは、キラキラと笑っていた。ファンの人も、必死になっているけれどもその顔は輝きに満ちた笑顔だ。汗を流しながら、幸せそうに、楽しそうに歌って踊っている。そんなアイドルが、そこにはいた。
 約2時間、私はアイドルを見ていた。少し経ってからだが、コールを入れてみたり、手拍子をしたり。何も知らなかったけど、私も精一杯楽しんだ。数組のアイドルがステージの上には立ったが、私が一番胸を打たれたのは、やはり一番初めのあの子だった。

 事務所に帰ると、どうだったねと社長に聞かれた。言葉にしがたいような思いだったので、楽しかったですとだけ伝える。社長は、笑いながらよかったよかったと言うと自室に向かった。いつもどおり。
 思い返してみると、やはり夢の様な体験だった。きっとあの子は、楽しんでアイドルをやっている。それでいて、ファンのことも楽しませて、笑顔にしていた。魅せられていたのだ。だれもがあの瞬間、彼女に魅了されて、彼女の輝きを浴びながら生きていたのだ。あの子は、輝きながらも、その汗には血と涙がにじむような努力が混じっていることがなんとなく予想できた。それでいて、ファンは誰もが彼女のアイドルの姿である表面をただただ応援して、コールを送る。内側のことなんて気にしないで、アイドルというものを、ライブというものだけを求めて来たことが、私は嬉しかった。だから、私が目指すべきものが、あのステージにはある。そう、確信できた。もう一度、行ってみよう。あのライブを、あの子のパフォーマンスを味わいたい。無意識のうちに社長室の扉に、手をかけていた。


*


 彼女のライブを、何度か体験した後のことだった。いつも通り、社長から予定を聞いてライブハウスに向かう。私は、極力彼女の表面だけを汲み取ろうと、ライブ後の物販でチェキを撮ることもしなければ、地下アイドルなら誰しもがやっているであろうブログやSNSなどは一切触れないできた。だから、彼女の出演するライブもわからなければ、好きな食べものやミュージシャン、はたまた身長や年齢などまでも私は知らない。それがよかったのだ。アイドルとして活動する中のごくわずかなファンと交流でき、自分を見せられる“ライブ”というものに固執していた。それだけで私は、彼女の全てを構成したかったのだ。
 だが、アイドルをやめるとなれば別だ。彼女は、SNS上からも、ステージの上からも立ち去ってしまう。形のある彼女に関連したものを持たない私には、ライブ以外に彼女を感じることは出来ない。いわば、ライブがなくなれば、彼女は私がつくりだした幻に変わってしまうのだ。

 暑い熱い熱気。暗い儚い舞台。あの子を送り出すには最高のステージだと思う。彼女が喜ぶことはなんだろう。彼女がファンにされて嬉しいことはなんだろう。私には、わからない。彼女がどんなアイドルを目指しているのかや、どんな応援が一番元気が出るのかとか、全部全部知らない。私が、彼女と会話をしたことがないからだ。彼女の内面を、全く知らないからだ。今更悔やんでももう遅い。だから、経験したことのないライブを必死で想像しながら、私があの立場にいたら、一番嬉しいことをしようと思った。笑って、応援しようと思った。



 はじめて、物販に来た。はじめて、チェキを撮った。はじめて、彼女と話した。
「は、はじめまして。春香です」
「はじめまして! なまえです! 春香ちゃん、いつもライブ来てくれてるよね? 女の子ってあんまり見かけないから、ずっと気になってたんだ〜」
自分の存在が憧れに認知されていたとなると、少し恥ずかしい。ほんのりと上昇した体温に気付かないふりをして、話を続けた。
「なまえちゃん、もうやめちゃうんですよね。すごく、すごく寂しいです。でも、今日のステージ最高でした。なまえちゃん、輝いてました。ずっとずっと大好きです!」
何度も何度も、順番に並んでいる間練習している言葉があった。頭のなかは真っ白になってしまったけど、この言葉だけは言いたかったんだ。
「春香ちゃん。ありがとう。私が届けたかったもの、春香ちゃんにはたっくさん届いてたみたいだね! ここでお別れだけど、春香ちゃんには忘れないでほしいな。今日のこのステージを!」

 ライブハウスを出た頃には、冷静に物事を考えられるだけの理性は戻っていた。でも、あの後どうやってなまえちゃんに別れの言葉をかけたのか、覚えていない。それほどまでに、彼女の言葉は強烈で、熱烈だった。私に、訴えかけるその気持ちは、どれほどまでに大きいのか。彼女は、アイドルだったんだ。今日ここで、ステージという表舞台から姿を消してしまうけれども、あの子は、確かにアイドルだった。