意味が無い。しがみついた先にあるものは、決して目には見えない。大切なものほど可視化できない。それが人生と紐解かれた時、わたしはひどく落胆した。

「さっむ」
「急に冷えたね」
「やっていけません、ほんとに」
「そんな冷たくてくそ甘いの飲んでるから、」
「フラペチーノっていうんですよ、これ」

カタカナは苦手だな、と櫻井さんが呆れ笑いをする。そんな顔をされると、わたしはもう何も言えなくて、黙ってストローを咥えるしかない。櫻井さんはそれを分かっていながら、そういう顔をする。わたしの居心地を悪くさせて、彼は気持ちよさそうに微笑む。

「じゃあ、戻りますか」
「・・・はーい」
「あれ、機嫌悪い?」
「全然、すこぶる良いです」
「・・うそが下手だね、名前は」

やっぱり満足気に笑っている。不服そうなわたしを見ながら、温かいコーヒーを飲む櫻井さんは、冷たい風をものともしない。言い返す言葉が出ない。誰のせいで嘘ついてるんだ、とかその意地の悪い笑顔は何なんだとか、言いたいことを全て奪ってしまう、彼の纏う空気感は、どこまでもズルい。

「じゃあ、どうすればいいですか」
「ん?」
「うそが上手になりたいです。先輩みたいに、はぐらかしたい」

立ち上がった櫻井さんの顔を、ぐっと見上げて、まばたきを我慢する。眼鏡の奥の瞳は揺れない。2秒くらいだろうか。わたしの言葉を、理解したのち、櫻井さんは、また笑う。

「はぐらかさなくて、いいんじゃない」
「よくないんです、!」
「俺は、どうしようもない顔してる名前が好きだよ」
「・・・どういうこと」
「、そういう顔よ」

細い指がわたしの頬をなぞる。ひんやりとした。早く事務所に戻らないと。先輩に風邪をひかせてはいけない。それに、わたしの脳ではどうにも解明できない言葉に、返すものが見つからない。へ、とか分からない顔をした時点で、もうわたしの負けなんだ。

「、意味がわからないので帰りましょう」
「そっか、」
「わたしレベルまで下げて話してくれないと、分かりません」
「そうかあ〜」
「はい」

分からないものがたくさんあるから、ひとつひとつ自分で自分なりの答えを見つけていく。それが、生きるということだと誰かが言っていた。でも、分からないものを分かるようになったところで、それを幸せと呼べないことが多いんだけどね。

「名前、」
「なんですか・・・、ん」
「っ、・・はぁ」
「!、」

冷えた口内に、突然生温かい感触。焦がれたコーヒーの香りがした。それが櫻井さんの齎したものだということは、わりとすぐに理解出来た。わたしの手首は捕らえられたまま、体感時間35秒くらい過ぎていく。

「、こうすれば分かる?」
「え」
「分からないか」
「わ、わから」
「じゃあ、もっかい」

降ってくる唇が熱くて、やけどしそうだな、なんてどうしようもないことを思いながら、なされるがままに、櫻井さんと私が重なる。何度も、確認するように繰り返されるキスが、あまりにもやさしくて、冷えきった身体を壊していく。





@@緩やかな死


 


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