大きくも小さくもなれない、どっちつかずな世界があったとして、きみがそれをどう生き抜くのかは、俺には分からないことだ。

「じゅんさん、愛して」
「いーよ」
「愛して、もっと」

目の前にもやがかかる。名前が愛してくれと俺に抱きついて、眉を下げた目でこちらを伺う。纏う布はお互い少なくて目のやり場に困る、みたいな感覚はもうだいぶ昔に終えていて、もやがかかったのは、きっと不意に可愛いことを言う名前の声に頭が追いつけなかったからだろう。

「潤さんー」
「んー、」
「愛する、とはなんでしょうか」
「なん、でしょうかね」
「わたしてきにはー、あんまり分かんないんですけど、多分」
「うん」
「いろいろお互いに抱え込んでいても、知らないふりをして馬鹿なことしとけば、それで幸せなんじゃないかなあって」
「なに、え突然」
「だって知らないふりばっかりでしょう世の中って、」

くりくりとした大きな目が俺を覗き込む。突然、意味深なことを言った名前は、ちょっとだけ口端を上げてから、また俺に抱きつき直した。それは、こういう関係になっても未だに分からない、俺の知り得ない名前で。

「なんかあったん?」
「え?なんもないですけど」
「そか、」
「突然だなって思ったんですか?」
「うん。そやな」
「突然偶然それとも必然?」
「おわ」
「徒然なるままにいいいい」

名前の小さな口から出てくる言葉の意味は分からぬまま、ただその動いている口元にのみ視線が留まる。いつも触れている場所だと思った。なんでも聞こえてしまう耳やすぐに答えを出す目とは違って、口は反射的には動かず何かを見据えて、やがて密やかに開く。そんな口だから、人はそこを重ねて共有したくなるのかも、だなんて、それこそ一生口に出来ないような考えだけが頭の片隅にいた。

「わたしは、」
「うん」
「潤さんが思ってること、全部ほしい」
「え?」
「そして私が思ってること、全部潤さんに見てほしいの」

全部伝えるのは面倒だと名前が言った。その顔がなんだか悲しそうで俺はやっぱりどうしたの?と同じことを言うことでしか、その場を繋ぐことができなかった。寒さに身体が震えたら、俺は名前に布団をかけてあげるだろうし、名前が今から泣き出すのであれば俺はその涙を拭き取ることは出来る。でも、そんなことでは解決出来ない苦しいざらつきのことを、名前は言っていて、それはもうどうしようもないことで。

「俺がもし、このタイミングで名前抱きたいとか思ってたら、ひくやろ?」
「え?」
「全部が全部見えても、多分拉致あかんよ」

だからもうこの話しは止めにしようと言って、また身体に触れた。意識的に瞳を閉じて、それから訳の分からない名前の口へと唇を合わせた。見えなくてもいいし、分かり合えなくて当然じゃないの。いくら身体が繋がったところで、それ以上の何かが繋がっていることを誰が分かるというのか。

「・・・じゅんさん、」
「なに?」
「いーっぱい、愛して」
「、ええよ」

それらはもう、好きだと思うことでしか埋めることは出来なくて、だから俺らは愛し合うんだ。そうじゃないと、こんな生きづらい世の中でどうやって歩けと、きみは言うの?

「わたし別に潤さんが、邪なことばかり思っていても嬉しいよ?」
「え、そう?」
「うん。だって、」
「うん、」
「だってね、総じてわたしを愛してるんでしょう?潤さんは」

それから、名前はくすりと笑った。似たもの同士は俺らの思考は、ちょっぴりあほらしくて、それで神秘的だとも思える。愛だろう。その垣根を愛でしか、俺らは越えられない。

「だったらもうそれでいい」
「そ、やね」
「うん」

自然な流れで手を繋いだ。やがてシーツの下に潜るその手が、やけに俺を満たして、そのまま二人の世界に溺れた。

@@好きなまつ毛とくせっ毛





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