蜜柑どうぞ

目がゴロゴロした。それはきっと、昨日コンタクトをつけっぱにして寝たせいで、化粧まで落とさずに眠った私を、母は恐ろしいと煙たがった。多分それを続けていると、私はどんどん目もお肌もボロボロになって、しわしわのおばあちゃんにでもなっているのだろう。

「あ、二口先輩」
「なまえここにいたの」
「ここは穴場なんです」
「ふうん。そ」

いつだって、昔は綺麗だったのよと誰かは誇示して言う。でもその人に限って今ではシミやシワは多くて、支離滅裂だと思った。使いすぎたツケは大きいのだろうか。私もいずれそうなるのかなあ。あ、今私可愛いとか言ってるわけじゃないんだけれど。

「よいしょ」
「え、」
「んダメ?」
「いやいいですけど」
「うん」
「…ええと、」

消毒液臭い保健室の狭いベッドの上。どきんどきん。色素の薄い二口先輩の顔は割と近くて、隣を見るのを躊躇う。無表情の先輩の顔から伺えることは少なくて、時間だけが過ぎた。静かなお昼前の憂鬱な時間、だったのに。

「なんでなまえはここにいんの」
「え、と保健医の先生と顔見知りで」
「ああ、ええとハル巻先生?」
「花巻先生です」
「そうだっけ。俺アイツ嫌い」
「えっ」
「ヘラヘラ笑うのと女癖悪そう」
「ヘラヘラ笑っちゃだめなんですか?」
「うんウゼェ」
「う、うぜ?」

嫌そうな顔をして二口先輩はそれから笑う。先輩もヘラヘラしてますよ。なんて言えば怒られるだろうか。ほんの少し、見てみたい。余裕ぶってる先輩の、感情っぽいところ。

「先輩も似てますよ、」
「はあ?」
「ヘラヘラしてるところ」
「何言ってんの?なまえちゃーん」
「嫌ですか?」
「んや?別に」
「なんで」
「つーか、アイツに似てるからなまえは俺のこと好きなのね」
「は、へ?」
「俺のこと、好きなんじゃないの」

んんん?とニヤニヤしながら二口先輩は、私に詰め寄る。そういうところが似てるんですよ、と言おうにも圧倒的に劣勢な現状で何を言えようか。恥ずかしい。近かった手と手がいつの間にか重なっていた。逃げられない。ぱくぱくと口が動く私を先輩は嬉しそうに見下ろしていた。

「俺だから尚更アイツ嫌いなの」
「ええ?、」
「なまえをたぶらかせてるのが嫌」
「な、なにを言」
「あ、そこも似てるのか」

全身に血が巡り過ぎている。ポンプである心臓はこれでもかと音を立てながら私を蘇生させていた。小さな背徳感と大きな期待で頭はいっぱいになっていた。先輩、その、それって

「ち、ちょっ」
「顔、真っ赤」

全部全部先輩は奪っちゃうんだ。お化粧することが美しさを蝕んでいくみたいに、先輩は私の心を蝕んでいく。生活感のまるでない天井と、先輩の嬉しそうな顔と、あとはもう何もわかんない。



ALICE+