その日は次の任務の下見に行っていた。少々厄介な暗殺任務で、足場が厳しいため事前に自分で確認をしておかなければ万一が起こりかねない。雨だったのである意味幸運で、もし不足の自体が起こっても『ここまで』ならどうにかなるということ。これは晴れの日では確かめられないことだ。雨の日での下見の誤差のほうが扱いやすい。

――――そこまでは、別に良かった。良かったのだが、今目の前を歩いてくる少年に問題があった。学校帰りと思われ、その隣には組織が血眼になって追っているシェリーが。……ああほら、顔色が悪くなってきてる。組織の気配に反応してるんだろう。大変申し訳無い。コナンもそれに気が付きあたりを見回していた。

「コナンくん。」
「っえ!?揺衣、さん!?」
「揺衣です。学校帰りですか?………そちらの方、具合が悪そうですが……。」

声をかけ、彼らの前にしゃがんだ。少年探偵団との接触もこれが初なのだが、どうにも事件に巻き込まれそうな気がする。彼女がこの状態では些か危険と思い、態と顔をのぞき込んだ。
その瞳に浮かぶのは、恐怖。

「落ち着いて。そこまで吸ってしまうと危険です。きちんと、吸って吐いてください。」
「っ、は、…………は、」
「ええ、そうです。ちゃんと空気は吸えています。焦らないで。」
「………っ、……あ、ありがとう。」
「構いません。こちらこそ驚かせてしまいましたか?」
「ち、違うわ!そうじゃない……。」
「揺衣お姉さん!ど、どうしてこんなところにいるの!?」
「論文に煮詰まったので、お散歩です。この子たちはお友達ですか?」

と、心配そうにしていた少年探偵団に視線を向ければ、元気な声で挨拶してくれた。揺衣も自己紹介をする。

「コナンくんと知り合いだったんだね!」
「この間喫茶店でお会いしました。短期間で急に友達が増えるのは嬉しいですね。」
「なんだ、ねえちゃん友達いねぇのか?」
「私は年上の方とのお付き合いは得意ですが、同年代や年下は苦手なんです。今、新たに子供なら大丈夫なことがわかりました。」
「僕達と普通に話せますもんね!」
「自分でも吃驚しています。」

「灰原、あの人……。」
「組織の人間に違いないわ。……なんで、私安心して……。」
「…………。」

聞こえている。もう少し気をつけてくれと心の底から言いたい。この接触はキーだった気がする。確実に組織の人間だとわかるだろうし、哀の命中率は確かだ。ここからポロポロと情報が出てくるはず。ストーリーが進めば。

「ん?おい見ろよ!あれって…。高木刑事だよな……?」

ほら見ろ。この事件に覚えがないわけじゃないが、どっちかって言うと揺衣にとっては困るものだ。宝石強盗だろう。唯一会ったら困るのは佐藤なのに。

「なにやら挙動がおかしいですね……。」
「入ろうかどうか迷ってるみたい……。」

周囲を確認する様は、子供から見ても挙動不審だ。彼らの洞察力は子供のそれではないが。

「あ、宝石店に入りましたよ!!」
「おい、まさか宝石盗む気なんじゃ…。」
「いえ、そうではないでしょう。男性一人で宝石店に入るのはプレゼントを買うため。彼もその一人では?どうでしょう、コナンくん。」
「贈る相手は母・姉・妹・妻とか色々あるけど……。顔を赤くしてそわそわしながら入ったとなると、その相手は気を引きたい女性だろーぜ……。」
「「「お〜〜〜〜〜っ!!」」」
「(時間軸の前後?この事件自体二人がくっついたあと。……松田と萩の件の犯人は捕まってないはずだから修正がかかったの?)」
「揺衣お姉さん、行こう!」
「えっ、」
「ねえちゃん行くぞ!」
「(あ、これ私がストーリーに関わるファクターか!佐藤刑事に会えばコナンくんに必然的に情報が落ちる…。はぁ、そのためのか……。よく見てるな。)」

子供たちに手を引っ張られ、宝石店に入店した。コナンと哀からの疑いの目は半端ないが、そこに僅かな戸惑いが混じってることは分かっている。……今までNOCも関係なく反応してた気がしたんだが、どうなのだろう。高木の姿はすぐに見つかる。

「よろしければ、直接手にとってご覧なりますか?そちらの女性へのプレゼントですか?お子様へのプレゼントなら、サイズをお詰めしますけど……。」
「女性!?お子様……?え?」
「これこれ!ダイヤがいっぱいくっついてるこの首飾りがいいんじゃねーか!」
「でも佐藤刑事にはゴージャス過ぎませんか?」
「何も、普段使いである必要はありませんよ。大事なときにつけて欲しい、そういう意味なら刑事さんでもありえます。」

この程度、と思わず音を紡ぎそうだったが飲みこんだ。パトロンを含め散々貢がれている揺衣からすれば大した金額ではないが、一般の、しかも刑事なら厳しい物があるだろう。しかしダイヤか。今は鞄の底に隠してあるが、メモリーダイヤでないものはじっくり見た覚えがない。何せ貢物に興味はないし。6年か7年近く前に作ったそれだけが、任務以外でつける唯一のアクセサリーだ。

「き、君達いつの間に……。って、あなたは……。」
「彼らの友人です。大学四年の徒橋揺衣と申します。突然すみません。」
「そーいえば、佐藤刑事は4月生まれって言ってたよ!」
「4月の誕生石はダイヤ…。」
「じゃあやっぱこれじゃんか!」
「ダイヤですか。『征服されざるもの、何よりも強い』を意味するギリシャ語のadamazeinをaが取れて、diamondになったと言われていますね。和名は金剛石。『純潔・清浄無垢・純愛・永遠の絆』と言った宝石言葉もあり、女性に贈るには深い意味合いがありますね。」
「………詳しいんだね。」
「齧った程度ですが。ギリシャ語は少しなら分かりますよ。」

そういった理由からメモリーダイヤは存在している。双子が永遠の絆を誓うと何だか洒落にならない気もするが。作る時に一通りは調べたので知識として頭に入っていた。こんなの日常生活では役に立たないのだが、この世界なら可能性はあったかもしれない。

「あのねぇ……。僕はまだ佐藤さんに贈るなんて一言も……。」
「違うの?」
「…………。」
「その通りです……。」

高木から視線を外し、コナンたちを盗み見る。もう全てが怪しく見えてるんじゃなかろうか。これ日常パートのはず。まさかこんなタイミングで関わってくるとは思わなかっただろう。

―――来る。

揺衣はコナンと哀の肩に手を置いて、自分の体より後ろに下がらせる。下手くそな気配の消し方に気づかないわけがない。誰も傷つける意図はないため、ストーリー上もしもは起こらないが気を配っておく。その行動に二人は酷く狼狽えていた。意味が分からないようだ。

ガシャン!と大きな音が響く。破片は大して飛んでこなかった。明らかに怪しい風貌に、なぜ誰も止めなかったのか問い詰めたい。そのくらい怪しすぎる。

「(これで罷り通るのか。杜撰すぎるだろ。警察しっかりして。あ、私も警察だ。でもこの凶悪犯罪都市で私に出来ることは少なすぎる……!)」

あまりに酷過ぎる光景に、思わず唖然としてしまった。表に出ていた揺衣が一瞬引っ込んでしまうくらいには。すぐに戻ったが。

「お、おい……。ちょっとあんた!?」

高木の制止の声に強盗は見向きもしなかった。淡々と持っていたバッグを割れたケースの上に置き、スケッチブックを見せている。そこには『このバッグに宝石を詰めろ!!』と書かれていた。

「ほ、宝石強盗!?」

コナンの射線上に入らないように、ズレながらも彼らをすぐに庇える位置を取った。話の内容は聞こえているが、知らないふりをする。怪しまれることも大事だが、事件を解決することのほうが大事だ。これでも一応警察官。その程度の分別はできる。

「あ……。」
「歩美ちゃん、危ないです。追いかけてはいけません。」
「で、でも、……それはダメー!」

歩美の手から転がり落ちたブローチは強盗の手によって拾われた。これを拾いに行くのはあまりに危険。飛び出してしまいそうな歩美の前に身体を出すことで止める。彼女の手を哀も掴んでいるようだ。
キック力増強シューズを操作するために屈んだコナンを視界の端に捉えるが、その前に飛び出したのは高木だった。

「警察です!今、丁度巡回中で仲間の刑事がそばに大勢います!諦めて銃を捨てた方が身のためですよ?」

メットの内側で笑った。その音は確かに耳に転がる。警察を撒ける手段があって、そこに都合よく警察官が現れた。それは笑いもするだろう。出し抜く快感は相当なもの。これからまんまんと引っかかるんだと思えば心躍るはず。
そのまま強盗は鞄に宝石を詰め終えて走り去っていった。……この宝石強盗は、手段として決していいものではない。何しろ店員なら何を詰めたか分かるはず。すぐに足が付く。おちおち換金もできない。

「ま、待て!!」
「(関わったということは、追いかけるべきか。)」
「おい!刑事なんてどこにもいねーじゃんか!」
「いるわけないだろ?今日僕は非番!さっきのはハッタリなんだから!」
「その方向に逃げるなら裏路地かと思います!」

揺衣は鋭い声を飛ばす。この辺は小さな路地まで細かく覚えている。仕事上ではあるが。………だが、そこで揺衣は勢いを失くした。思わず足を止めてしまう。

「――――っ!!」
「揺衣さん!?」
「……………。」
「ねぇ、どうしたの!?」
「………何でもありません。行きましょう。」

外階段を上がる音。金属製のため駆け上がれば大きな音がする。カンカンと、死を誘う音だ。揺衣に、苞羽に大きな傷をつけた、兄の死に繋がる音。


―――それを聞き流すなんて、出来るわけがなかった。

宝石強盗現行犯

探偵の好奇心は××に宿る