その天使は何を思う


目を瞑って痛みを堪えていた少女――游空密莉は少年の言葉と二人の男の声に反応してゆるゆると瞼を開けて地面を向いていた顔を起こす。視界には心配そうに、でも嬉しそうな少年とかがんで密莉を見ていた男性の姿も見えた。

「密莉ちゃんっていうんだな。どこか痛いのか?」

萩原は口に入れられていた布を出して問いかけた。

「羽根……成長してるから…。」
「5分我慢できるか?」
「5分……。」
「ああ、その間に君に巻かれた爆弾を解体する。出来るな?」
「出来る……。ルーノ、まだ大きくなりそうだから羽根ごと地面に押さえつけて。」
「分かりました。」
「なら手伝うぞ。」

密莉からの返事を得られた萩原は道具を準備してく。その間にルーノと呼ばれた少年と松田が指示通り小雨覆から小翼羽を地面に向けて抑え込んだ。鎖につながれたことで片腕は挙げられたまま膝立ちしていた密莉の体制が崩れ、後ろに仰け反ることで爆弾も見えやすくなり暴れることで動ける範囲が減る。松田はあの一瞬、それも痛みで朦朧としてた意識の中よく考え着くものだと内心感嘆した。
「大丈夫だからな。」と声を掛けながら解体作業に入った萩原を尻目に、隣の少年を見やる。変わらず心配そうな表情で萩原の手元を見ながら鎖でつながれていない密莉の手を握っていた。密莉は時折堪えるように詰めていた息を吐いて体を揺らすが萩原の注意を散らすほどではないようだ。

そのままコードを切り、ちらりと時計を見てもう一本を切り終えると萩原は大きく溜息をついて密莉の頭を撫でやった。

「よし、終わった。間に合ったな。」
「ああ。こりゃ確かに防爆防護服着てる暇ねぇな。」
「最初で不審者扱いされて終わりだと思うけどな。」
「違いねぇ。」

ルーノも緊張状態から解放されたようでぺったりと座り込んでしまった。松田は羽根を押さえていた手を放して密莉を拘束している錠をピッキングで外してやる。まだ痛みと葛藤しているようで呼吸の間間で礼を告げていた。

「おし。じゃあ早いところ出るぞ。一応病院と、簡単な事情聴取は必要だろうしな。」

そう言って萩原は密莉を抱え上げた。羽根があるので背中ではなく羽根の下に手を回して器用に横抱きに。松田は無線で外に待機している部下に指示を出しながらルーノを小脇抱えた。これまた器用に。

その後病院へと担ぎ込まれ、病室で軽く事情聴取をされたと人伝で聞いた二人。政治家の余罪についてもボロボロ出ているらしく、暫く終わりそうにないと飲みに行ったときに伊達がぼやいていた。

―――のだが。

「じゃあ後頼むぞ。」
「いや、ちょっと待てって伊達!可笑しくないか!?」
「それは俺も上に言ったんだけどな、どうも他の警察官を嫌がっちまってるらしい。そんで現場に行って二人の警戒を解いたお前たちに保護者を任せたいってわけだ。親族は行方知れず、学園っつーところに保護を求めるわけにはいかんし。警察の保護下に置かれるにしても、悪いことをしたわけじゃないから行動を制限するのも可哀想だしな。」
「そこまでは同意見だけどよ、んで他の警察官を嫌がってるんだ。」
「……俺も、ルーノって少年から聞いた言葉しか知らないんだけどよ。『目』が気になるんだそうだ。保護を申し出た警察官のな。」
「目?……なんだ、不躾な目とか奇異なものを見る目とかでもしたのか?」
「らしいな。それで警察官が駄目らしい。」
「んー、その辺敏感なんだろうな。有翼症の子にとっては気になることだろうし…。ただでさえオークションってので神経すり減らしてるって話もあるしな。」
「いや、俺たちも警察官だけどよ。」
「何かに使いたいんだろ。有翼症の子を内側に引き入れて有効活用。上が考えそうな話だ。」

呆れたという風に伊達はため息を吐いた。機動隊の部署に足を伸ばし、大変な役目を言いつけられた同期に同情した。有翼症を患った子供たちが入学できる『学園』は直接裏社会と通じているとも言われている。そこに繋がる糸口手放したくはない。理由は分かるがそれがあの子供たちの負担になってしまってはしょうがないだろうに。
どうするべきか戸惑う同期を見て、まあ多分選択肢は与えられてないけどなと心の中で零した。

「取りあえず病室に会いに行ってみたらどうだ?その反応で分かるだろ。ダメならダメって報告すりゃいいしな。」
「……まあ、それもそうか。今日は日勤だから終わってからでも面会間に合うな。行くか、松田。」
「ガキを見捨てるのは胸糞悪ぃからな。出来ることはするか。」

話の方向性は固まったようなので伊達はお暇することにした。今日この部署に来たのはあの子供たちの今後についての方針を話しに来たからだ。あの件に関わった刑事として、ついでに言えば同期として了承させるよう圧力があった。それに屈する伊達でも萩原でも松田でもないが。


・・・


その日勤務を終えた松田と萩原は警察病院のある一室を訪ねていた。表には游空密莉とルーノの名前が。あれ異性なのに同じ部屋にしちゃっていいのかと瞬間的に考えたが、彼女らの心情を考えるなら正解かもしれない。扉をノックすれば「はい?」と不機嫌さが混じった声が聞こえた。

「よお、元気か?」
「あ!萩原さん、松田さん。その節はありがとうございました!」

不機嫌さはどこに捨ててきたと言いたくなるくらい満面の笑みを浮かべるルーノに二人は一瞬戸惑う。同時に、これは引き取る方向で進みそうだと悟らざるを得なかった。ベットに腰かけていた密莉も、あの日の苦しそうな表情は微塵もなく嬉しそうに手を振っている。

「お礼を言いたかったんだけど今は捕まえられないって言われちゃって困ってて。会えてよかった。」
「ここに来る警察官も……結構な目で見てきてお疲れなんですよ。あの品定めされる目はオークション限りにして欲しいです。」
「その話は伊達から聞いた。ルーノが話したんだろ?爪楊枝加えてる刑事に。」
「ええ、そうなんです。気になることがあるのかと聞かれたのでそう答えました。」
「変よね。学園は日本にあるのにそんな珍しいのかな?」
「どうでしょう?街で見かけないこともないと思うんですけど。」
「……あー、あんまり見ないな。もしかしたらっていう子はだいたい大きめの上着来てるから分かるけど、直接見ることはないと思うぜ。」
「そうなの…。私のもルーノのも目立つもんね。」

一度自分の羽根に目をやってからそう呟いた。萩原や松田が見る限り二人に警戒した様子はない。どんな状態だったかを聞いていなかったが普通に会話が成立しているところを見るに嫌がられてはいないようだ。松田と視線を交わした萩原はこの病室に来た本題を持ち出す。

「その警察官たちから保護下に入るのに保護者が必要だって話は聞いた?」
「聞いてるよ。私たちまだ未成年だし、両親も行方知れずだから体裁だけでも必要だと。生活するにも不自由だろうからお互い、いいんじゃないかって。」
「でも全員断らせていただきました。どこかしらにある下心は僕たちの身の危険に繋がるので。」
「ん〜、じゃあ。俺たちが君たちの保護者を引き受けるって言ったらどう返す?」
「え。」
「……今までみたいにNoは突きつけられないですかね。」
「それは爆弾から救った恩か?」
「いえ、そうではなく。あ、でも一つの理由にはなりますけど、他の人みたいな下心も目もないので僕たちとしては安心なんです。カメラの映像を見ていたとはいえ、やはり直で見ると不気味なものですから。そんな反応を少しも出さなかったことが最大の理由です。」
「人と同じ目で見るって行動が、私たちの中では一番の信頼に足る行為ともいえる。ああいう切羽詰まった状況になればなるほど、取り繕っていたそういう内心は表面化するの。でもお兄さんたちはそんなことなかったから……。」
「これでも、人を見る目はありますよ。選べるかどうかは別として。」

冗談交じりにルーノはそう言った。……皮肉の効いたブラックジョークだと捉えていいのだろうか。ルーノの言葉に密莉も笑ってるところを見れば、その捉え方で大丈夫のようだ。

「警察側としても、諸々の理由で君たちを保護下に入れておきたい。俺たち以外の刑事は嫌なんだろ?」
「はっきり言ってしまえば。」
「じゃあ、俺たちが引き取る他ねぇな。この病院を出次第一緒に暮らすことになるが…。」
「お世話になります。」
「お願いします。」
「それで決まりだな。上に報告して、二人の手続きが終わったら迎えに来る。いいか?」
「はい。―――改めて、ルーノと申します。この羽根は移植です。名前は海外のものですが結構前に帰化してます。密莉さんのお世話係としてオークションで落札されました。」
「えっと、游空密莉です。先天性有翼症でオークションではその年の最高金額で落札されました。家事は一通りできますので家のことは任せてください。」
「んじゃ、警視庁警備部機動隊爆発物処理班の萩原研二。かれこれここに在籍して長いぜ。よろしく。」
「警視庁警備部機動隊爆発物処理班の松田陣平だ。萩原とは同期で一時期は捜査一課にも所属してた。子供の喜ぶことはよく分かんねぇが、まあ苦しくないように助けてやる。」

改めてお互い自己紹介をし、急いで報告に行くために萩原と松田は病室を出て行った。最終的には二人が預かることになり、萩原が密莉を、松田がルーノの保護者になった。女の子の扱いはやはり萩原だろうという松田の一言で決まっている。繊細な少女は松田の手には余る。

(なあ密莉ちゃん。)
(なぁに?)
(その年の最高額っていくらだったんだ?)
(5000千万。)
(……はー。)

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