江戸に鬼が出た。










宇宙からきた鬼、ではない。

天人が来る前からひそかに、堂々と生き続けていた鬼。
人間型の鬼。







それが先日、江戸に現れた。












第1話

















近くにいたのだろうか、
足音が聞こえる。




「……れ?…の人…」




足音は傍で止まり気配を近くに感じた。





近くで誰かが喋っている。


何を言っているのか聞き取れない。






しばらくしたら俺の体が揺れた。

声の主が俺の体を揺すっているのだろう。







揺する手が2つに増え、声もだんだんと大きくなってきている。




俺はゆっくりと目を開けた。


しかし視界がぼやけて何も見えない。




まだ誰かがさっきよりも大きく叫んでいる。



「…丈夫で、か!…血が出て…」





しかし俺は体が重く、凍える程の寒さに耐えきれなくなりもう一度目を閉じた。






「今、助けるから!」



それが最後に聞いた言葉だった。




目を覚ましたのは傍に温もりがあったからだ。




警戒心もなく隣で心地のいい寝息が聞こえてくる。
誰かが隣にいるのはわかる。
しかし確認しようとしても
体が重くまったく動かない。



ここはどこだ。
なぜ自分はここで寝ている…?


体を動かそうとしたら
ズキンと重い痛みが襲った。



「…っ…いってえ…」



自分の声はひどく掠れていた。
喉も少し痛む。



「あ、気がつきました?」



横の襖が開く音がし、
女の声がした。


「……ここは?」


掠れる声で答える。



「私たちの家です、あの、もしかして覚えていらっしゃらないんですか?」


体を動かせない俺に、顔が見えるよう覗き込むようにし顔を見せる。少女だった。少し驚いたような表情だった。



「?…どういう」



「ん…姉上…?」


隣で寝ていたのが目を覚ました。
目を動かしてみると少女よりまだ幼い少年だった。
少年はまだ眠気の残る目で俺を見る。姉であるのだろう。少女によく似た表情をした。


「あっ…ごめんなさい…!
いつ目を覚ましてもいいようにずっと見てたのに…僕もつい…寝ちゃって…」


本当に、ごめんなさい!
少年は座り直してその小さい体で謝った。


「………」


「……あ、あの」


「…お前らは俺が怖くないのか」


「………」


「見たんだろ」


「……はい」



昨夜、俺は逃げていたんだ。
俺の中のものを狙う、鬼から。



「やっぱり…鬼、なんですね」


鬼の特徴。
その一つは角だ。
角があれば鬼という証になり
鬼にも人間にも、正体を明かすことになる。


「ああ。…なのになぜ助けた」



鬼を見た人間は血相を変え
すぐさま逃げていくのが普通だ。



「…だって、死んじゃうかと思ったから…」


少年が答えた。
昨夜俺に声をかけ続けたのはあの時の声からして少年らしい。


「…俺が、お前らを襲う可能性だってあったはずだ」


「それでも…放ってなんかおけなかったんです…!」


怯えた目が、強気な目をした。



「………変な人間だなお前らは」



「…僕たちから見たらあなたも変です」


少年は小声で呟く。


「ちょっと、新ちゃん…!」

それを聞き取った少女が
思わず止めるように声をかける。


「…角もあるしな」

「牙もあるし…!」

「そうだな」


少年は、小さく笑った。
そんな様子を見た少女は安心したような顔をした。







お腹が空いているだろうと朝食を作りに二人が一旦離れて行った。
この隙にここから出て行くことも考えたが、こんな体では歩くこともまともにできなさそうなのでそれはしなかった。



今さらだが頭に触れて確認する。
今は出ていなかった。
昨夜のことを思い出そうとしても
どうやって食われずに済んだのか思い出せない。



「………っ」



空気を吸いに立ち上がろうと試してみたが、やはり体は思うように動かせない。腕はなんとか動かせる。これでどうやって飯が食えるんだ。
自分の手を見つめる。
爪の間にはまだ少し赤色が残っていた。きっと昨日引っ掻いた時の血だろうか。










「あの、お名前…聞いてもいいでしょうか」


二人に手伝ってもらいながら上半身を起こし、飯を三人で美味しく食べさせてもらって一息ついたとき少女がおずおずと尋ねてきた。


「なんて呼んだらいいかわからないから…」


俯く少女。



「長居はしないから、別に名前なんか」



「僕も!教えて…ほしいです」




「……そうだな、じゃあ俺が恩を返せるまで、ここに置いてくれるなら教えてもいい」



二人が顔をあげる。



「はい!」


「やったぁ!」


俺の傷もすぐには癒えそうにはない。そしてまだ子供だった。





「私、志村妙って言うんです」


「僕は新八、志村新八です」


「…俺はなまえ。」




妙、新八。
二人によって助けられた俺は
しばらくこの家に身を置くことにした。




「妙、そこの塩取って」


「はいっ」


恩を返すという約束で俺は二人の傍にいた。
その間に俺の体は順調に回復し、もうすっかり自由に体を動かせるまでになった。



「なまえさん!このお布団は?」


「こっちに干すから、妙と持ってきて」


生活はやはり厳しいのだろう
が、俺が傍にいるときは必ず楽しそうな顔をする。
借金取りが度々来たが、その時は俺が出向き追い払った時もあった。








そして俺の傷も完全に癒えてきた頃。俺はこいつらの家を出た。





毎晩二人が隣で寝静まった頃、俺は外に出ていた。
小さいと言われても
これが今の俺の精一杯だった。
もう何度も食わせてもらった。
そして1人増えたことによる生活費。夜な夜な作った金、それをいつも食事をしていた机に置いて
最後に二人の寝顔を見て
情が湧きすぎる前に。

俺はもう二度とこいつらには会わないと誓った。




「新ちゃん!!」








この日僕は慌てた姉上の声で飛び起きた。





「どうしよう…なまえさんがいないの…」




「え……どういうことですか姉上」



「さっき…なまえさんを起こしに行ったんだけどもういなくて…変わりにたくさんのお金が…」




姉上の手には封筒に入っててもわかるほどの大金。




「新ちゃん…私……なまえさんにお礼も何もしてない…っ」



姉上は目に今にもこぼれ落ちそうなくらい涙を浮かべていた。



「………なまえさん…」




こうして温かくて楽しかった#なまえ#さんとの生活は終わってしまった。