2022/04/01(Fri)

創作(柊和と紬)

創作
「紬」
ふたり暮らしにしては、やけに広い家だと当事者ながらに思う。何もかもが手を伸ばしても広い。そう感じるのは彼の視野収まる位置に常にいるからだろうか。使われていない部屋が数室ある、あまりにも持て余した豪邸に、少し変わった幼馴染と暮らしている。

「かひっ…は、ぁ、ぅ」

返事がないのでいつも彼がいる寝室の扉をそっと開くと、ちょうど‘’周期‘’だったようで。
大きなキングサイズのベッドの真ん中に、手足のない、過去の面影よりも随分と物理的に小さくなった体を丸めた幼馴染が苦しげに嘔吐いていた。

「がっ…ふ、ぅ、え…っ」

そっと近づき震える背を撫ぜるとピクリと肩をゆらした後に彼の口から飴玉大の丸い黒い塊がぼろりと産まれ落ちた。この現場に遭遇したのは初めてではなく回数を忘れた程には経験している。
けふけふと嘔吐きながら唾液にまみれてこぼれ落ちるそれは硬質な殻で覆われていて、はじめてその場に遭遇した際かかりつけ医に見せたときに、種子であると聞いた。

水も土も要らない。時が経つとそこからはひとりでに真っ黒でギラついた花が急速に成長して咲き誇る。
放っておけばどこまでも伸びていくのではないかという速度で成長するが、咲いた後は日光にとても弱く、咲いたとしても数日で枯れ落ちるものだった。

検査の結果、肺に苗床があることはわかったがその部分のみの摘出は困難だという。
全摘出の上、他の臓器と同様に人工の臓器を移植することは可能だが、何故か紬はそれをとても嫌がった。

そもそも、その苗床になっている肺は、もともとは彼のものではない。
ある日に彼と来院していた病院で、火だるまになり焼け焦げ搬送されてきた患者のドナー提供をした時に、かろうじて機能していた患者の肺を紬の希望で交換移植をし彼のものになった代物だ。

なぜ彼がそれを望んだのかはわからない。生命を生み出すかのように苦しみもがき生まれては数日で枯れる花を愛でる理由も自身には未だ理解できなかった。

「ひゅ…っは、はぁ…へへ…」
「うん、うん…綺麗だね」

彼が草木に興味があったという話は幼少から見てきたがそんな素振りはなかった。まだ彼がまともに口を聞けた頃、ある日に野良猫が花を産んでいて、それがとても綺麗だったのだと言っていた。その言葉を聞いたとき正直何を言っているのか全く理解できなかったが、この黒い塊見る度にあの言葉が蘇るのだった。

「また植える?」
「ぁ、あー、ぅ」

涎を口の端からこぼしたまま、舌足らずに幼気な音色が耳をくすぐる、すっかり唾液にまみれ濡れそぼった長い髪を拾うと目を細めて濡れた頬を擦り付けてくる。
彼の言った野良猫という言葉を今も連想しては小さく息を漏らしてしまった。

「ほら、汚れたから風呂に行くよ」
「やぁ、ぁ」

おかしげにばたつく先端がない手足をかわしながら白く細い腰を掴んで抱き上げる。幼子の様にあまりにも軽いその体に次はどう説得して飯を食わせようかと思案しながらおかしげに身動ぐ幼馴染みを横に抱き部屋をあとにした。

ss
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