mellow
「名前」
「は、はい!」
「あ…いや、何でもない。悪い、呼び止めて」
名前を呼ばれたのは初めてだ。
驚いて振り返った私に、輝さんはバツが悪そうに笑った。
「じゃあまた明日」
「輝さん、あの、もう少し時間いいですか?」
何か言いたげな輝さんの顔が気になって、今度は私が呼び止める方になった。
「どうした?」
「えっと、あの、ずっと気になっていたお店があって、付き合ってもらえませんか?」
一瞬、輝さんの表情がいつもの笑顔になったのに、みるみる曇っていく。
「それ、今日じゃないとダメか?」
「えっと…ダメです」
ここで引き下がってはいけないと思った。
「ワインのお店なんです。この前、山梨の撮影行ったからどうかなと思って」
「それなら、桜庭とか柏木が」
「桜庭さんは色々細かそうだし、柏木さんはお酒よりご飯かなって」
自分でも、どうしてこんなに必死なのかはわからないけれど、気がついたら輝さんに詰め寄る形になっていた。
「あ、すみません」
私が謝ると、輝さんは両手を挙げて笑った。
「わかったわかった、名前がそこまで言うなら。ただし、一軒だけな」
きっとこれは恋と呼ぶにはまだ早いけれど。
その笑顔を側で見ていたくて。
葡萄が浴びる太陽のような、その。