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夏には魔物がいる。 事務所にいるアイドルから、仕事中のアイドル、オフのアイドルまで、みんなに熱中症には気をつけて!水分補給は欠かさずに!なんて注意をしておきながら、プロデューサーの私がこのざまである。 クーラーの効いた部屋に居ようが、それは襲いかかってくる。 この場に、元外科医…医者の桜庭さんが居なくてよかった。なんて、私が安心することはできなかった。 無表情、ではない。怒っている。あれは怒っている顔だ。 「みょうじくん」 「はい、本当に反省しております」 「本当に反省しているのか?」 「もちろんです」 「ならばそこに座っていたまえ」 「え、でも、この後 S.E.M の明日以降のスケジュール確認が、」 「みょうじくんはちゃんと反省、しているのだな?」 「あ。……えーっと…」 いいから座っていろ、という冷ややかな視線に耐えかねて私は大人しくソファに腰を下ろした。 先生に叱られているみたいな気分だ。 ……硲さんは、実際、元教師でもある。そのせいで余計、それらしい空気になっている。 冷えピタを頭につけたなんとも間抜けな状態で通常業務に戻ろうとしたのがいけなかった。水分補給を怠って招いてしまった自己管理不足。私の眩暈とふらつきにいち早く反応して支えてくれたのが硲さんだった。 「君は、たまに少しいい加減なところがある」 「……すみません」 「私たちに対してではない。自分自身のことでだ」 「え?」 「私たちアイドルや事務所、仕事のことを優先して自分のことを大切にしていないだろう」 「い、いえ、そんなことは…」 たしかにアイドルの皆さんやこの事務所、仕事は大好きだ。けれど、自分のことを大切にしていないわけではない。仕事が大好きな自分だから、今がとっても楽しくって、充実していてーー 自分の食生活なんかはどうでもいいけど、アイドルの皆さんには美味しいものいっぱい食べて欲しくて、自分のオシャレよりアイドルの皆さんの次の衣装はどんなコンセプトを持たせようか考えていたり……、そういうのは自分を大切にしていないってことになるのだろうか。 いい加減なつもりはないけど、たしかに自分のことに関しては無関心になりつつある、かもしれない。 「困らせてしまった、か」 「え、いえいえ!その、自分でも…そういうの、わからなくて」 誰かに指摘されてはじめて気付くことだった。 硲さんが何かを考えるような素振りをして、意を決したように口を開く。 「何もかも一人で抱えなくていい。もし、何か困ったことがあれば…どんな些細なことでも構わない、私を頼りなさい」 硲さんが真剣な表情で、私を見つめている。 プロデューサーとしては問題だが、硲さんに“頼りなさい”と言ってもらえたことに感激していた。本来、どんと構えてアイドルの皆さんに頼りにされる存在であるべきだが、こうしてお互いに支え合う関係も、良いものかもしれない、とーーけれど。 「ありがとうございます。硲さんのお気持ちは嬉しいですし、その、自分のことにいい加減な部分があるの…分かりました。今回のことは本当に反省して……」 「む。みょうじくん、私の言葉はうまく伝わらなかっただろうか」 硲さんがやや難しい表情をする。 硲さんの言葉は嬉しかったが、私はアイドルの皆さんの前では頼られるプロデューサーでありたいと、思っていたから。 「私は君に、頼って欲しい」 ……こういう言い方をする硲さんに、私の思考は一時的に機能停止した。 顔が熱くなるのは、夏の暑さのせいだけではないだろう。 硲さんを頼ること、すぐに思いつきそうもない……と思ったが、今、私たちの後ろでこのやり取りをニヤニヤしながら見守っている2人の男が、何か誤解をしているならすぐに撤回しなくては。硲さん、お願いします。 「いや〜、はざまさんも結構アツいっすね〜」 「ミスターはざま、Very hotな告白だったね!」 「……」 硲さん…?なんで否定しないんですか。 2016.07.14 |