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新曲のダンスレッスンがはじまってから数日、舞田さんの様子がどことなくおかしいと感じた。 気になって硲さんと山下さんにこっそり聞いてみると、二人とも神妙な顔になって、時間がある時で良いからレッスン室に顔を出して欲しいと頼まれてしまった。 もしかして、よほど深刻な問題でもあるのだろうか。 S.E.Mのダンスレッスンの予定を確認し、自分のスケジュールと照らし合わせ、すぐに空き時間を見つけてレッスン室に駆けつけることにした。 レッスン室に着くと、ちょうど休憩に入ったようで先生と鉢合わせした。いつもありがとうございます、と礼をすると先生が「あれは任せた」と肩を軽くぽん、と叩かれる。“あれ”…?レッスン室を出ていく先生の背中を思わず追いかけてしまいそうになる。 改めて、レッスン室の中に足を向けると―― 休憩時間のはずなのに、そこには同じステップを繰り返し練習する舞田さんの姿があった。 声をかけるのも憚られるような真剣な表情で、私はその場でじっとその様子を見ていた。 そんな私の両脇にはいつの間にか硲さんと山下さんの二人が立っていた。 「最近ずっとあの調子でさ〜…」 山下さんの心配そうな表情と、 「舞田くんが何度やっても上手くいかない、と。止めようとしても一向に聞く耳を持たない」 少し困った表情の硲さん。 ダンスの先生も手がつけられない様子で、入口ですれ違った時に言われた言葉の意味を知る。 二人のそんな表情を見て“ここは私に任せてください”なんて大それたことは口に出来なかったが、「なんとか、してみます」と言ってしまった。 事務所では年長者組ユニットとして、どんな仕事も全力で取り組み、今回もレッスンで大量の汗をかきながらもキラキラ輝いて見える彼らを、私も全力で支えていきたいから。 特に良い案も思いつかないまま、舞田さんに近づく。 集中している様子で、私がここに来たことにも気付いていないだろう。 「舞田さん!」 「……っ、プロデューサーちゃん?Why?」 なんでここに、とようやくこちらに意識を向けてくれた舞田さんの息は上がっており、汗の量も異常だった。誰しも壁にぶつかることはあるが、舞田さんがこんなに余裕のない表情をしているのは、はじめてのことだった。 「ちょっといいですか?」 どうしたんだい、と首を傾げる彼の腕をひっ掴み、一旦休憩です!と強引にレッスン室の外へ連れ出した。 する舞田さんを引っ張りながらチラと振り返ると、こちらに軽く手を振る山下さんと静かに頷く硲さんがいた。 「そんな険しい顔してどうしたの、なまえちゃんにはSmileが似合うよ」 「それは、舞田さんも同じですよ」 うっ、と押し黙る舞田さん。 レッスン室を出た先にあるベンチに二人腰掛けて、話をすることにしたわけだが。 舞田さんにかける言葉が、上手く出てこない。 「……あのステップに苦戦しているみたいですね」 「That's right…何度繰り返しても、納得できなくてね」 舞田さんがしょんぼりと頭を下げる。 三人がこの新曲にかける想いの熱さは、近くで見ていれば分かる。焦る気持ちだって、わかる。 ある程度の動きは出来ていても、自分が納得できなければそれは意味がないのだ。 「でも、Don't worryだよ!俺、きっと上手くやってみせるから」 舞田さんの、いつものキラキラな笑顔じゃなくて、無理やり作ったような笑顔。気にしないで?上手くやってみせる?なんだそれは。 「舞田さん…」 「っ、なまえちゃん……?」 プロデューサーである私の前で、そんな作り笑いする必要などないのに。心配かけまいとやっているのだとしたら、怒ってもいいだろうか。 私が発した声に怒気が含まれていることにいち早く反応し、びく、と動揺する舞田さん。怯えながらこちらを見る舞田さんの頭に手を伸ばして、二、三回ほど撫でた。 ベンチに座っているおかげで、舞田さんの頭に手が届く。よし、よし。 きょとん。とした顔の舞田さんを、私は真剣に見つめ―― 「上手くやるの大事かもしれませんけど、舞田さんにはレッスンを楽しんで欲しいです」 「あ……」 そう。三人とも新曲のことを話す時の表情がとても生き生きしていて、ダンスレッスンがはじまる前から楽しみにしていて――レッスン室で会った硲さんも山下さんもいっぱい汗をかいて疲れているはずなのに、どこかキラキラしていて。 けれど、舞田さんはどちらかというと上手くやることを意識するあまり、楽しむことを忘れてしまっているみたいで、なんていうか、“必死”だった。 「私から言えることは、こんなことくらいですが……?って、ちょ、ちょっと舞田さん…!?」 ふわ、と柑橘系の香りが私を包む。 舞田さんが私のことを抱きしめているのだと気付いて、一気に緊張する。近い、鼓動が、熱が―― 「ありがとう、なまえちゃん」 「は、はい、それは、あの……とにかく離れて、」 「俺が離したくないって言ったらどうする?」 「……離れてもらいますけど」 舞田さんは私の肩に顔を埋めており、その表情は伺えない。冗談とは言え、この距離でそういうことを言われるとプロデューサーも流石にドキドキする。舞田さんは普段の明るい雰囲気も素敵だが、クールな役もしっかりこなせる……うちの事務所のアイドルはすごいぞって自慢したくなる。 「Sorry、汗くさかったよね」 いい匂いがしました、とは言えるわけもなく。 ようやく離れてくれた舞田さんの笑顔は、キラキラしていた。作られたものではなく、いつも通りの舞田さんに戻っていてほっとする。 「さあ、レッスン室に戻りますよ!」 「うん。ねえ、プロデューサーちゃん」 「はい?……、!?」 「Thank you!」 ベンチから立ち上がり、す、と舞田さんに見下ろされたと思ったら私の頬に柔らかい感触。ばっと舞田さんの方を見れば、いつも以上にキラキラまぶしい笑顔があって息をのんだ。 2016.07.21 |