赤司征十郎の場合

fetishism
─ 手フェチ ─


 私 ミョウジナマエの彼氏 赤司征十郎は眉目秀麗で私の陳腐な語彙ではとても語り尽くせないほど優秀なのだ。そんな赤司くんが私を選んでくれたのは素直に嬉しいけど、どうして私なのかはよく分からない。特別な家柄に生まれた訳でもないし、特別頭が良い訳でもないし、特別美人な訳でもないし、特別スポーツが出来る訳でもない。私にある特別は何なのだろう。
 直接聞いたことがある。だけど赤司くんは困ったように笑って秘密だよ、と言って話を終わらせてしまう。困らせたい訳ではない。だけど、気になってしまうし何となくもやもやするのだ。

「ねえ、赤司くん。どうして私なの?」

 休日、赤司くんのおうちにお邪魔した。赤司くんの部屋で二人寄り添ってソファに座って、静かに穏やかに過ごしていた。恥ずかしくて小さくぼそぼそ声になってしまったけど、その後私の劣等感のようなものをぶつけてみた。言い終わる頃には恥ずかしくてたまらなくなって、顔が真っ赤なのを見られたくなくて、覗き込まれても見えないように赤司くんの肩に顔を埋める。
 赤司くんは少し戸惑ったように身じろぎして、ぎこちなく私の頭を落ち着かせるように撫ぜる。しばらくして、赤司くんが口を開いた。

「これを言うと引かれてしまうかと思ったんだ」
「…今さら引かないよ」

 赤司くんは所謂二重人格のようなものだったらしい。一人称が僕の赤司くんはカリスマ性がグンとアップするけど、雰囲気が刺々しくて少し苦手。今みたいに一人称が俺の赤司くんはカリスマ性もあって、包み込むような優しさを向けてくれて、とても好き。私はどちらにもドキドキしていたけど、女の子として優しく扱ってくれる俺の赤司くんが好きだった。

「…ミョウジは大家族の一番上だろう?」
「うん。4人きょうだいの一番上」
「だからなのか、包容力のようなものを感じるんだ」

 赤司くんはぽつりぽつりと、ゆっくり言葉を紡いでいく。私はそれを急かさないように、しっかり聞いているよと頷きながら、次の言葉を待つ。そう言う所だよ、と赤司くんに微笑まれて、お姉ちゃんだからね。と返す。
 いつの間にか私と赤司くんはお互い少し向き合っていて、赤司くんが私の右手を握って、撫でたり所在無さげに絡ませたりしていた。恥ずかしいんだ。いつもどうどうとしている赤司くん。ポーカーフェイスだから気付かなかったけれど、指には素直に現れてくれるらしい。それがたまらなく愛おしかった。

「ミョウジの、手が好きだ」
「手…?」
「ミョウジは知っているだろうが、俺には母が居ない」
「…うん」
「母が亡くなったのは俺がまだ幼い頃で、実を言うとあまり覚えていないんだ」
「そう、なんだ」
「だけど、手を繋いで一緒に歩いたことや、抱っこしてもらいながら背中を叩いてもらった事や、そういう、断片的なことは俺にとって大切な思い出になっている」
「うん。優しいお母さんだったんでしょう?」
「ああ、自慢の母だ。ミョウジの優しさや笑顔が母と重なって、手の感覚が余計に思い出させるんだ」

 マザコン と笑われるだろうし、好きな女性に母親を想起するなんて失礼だから言えなかった。そう言って赤司くんはどこか遠くを見て笑った。その目が儚くて、寂しくて、悲しくて、私は泣いてしまいそうになった。だけど、ここで赤司くんじゃなくて私が泣くなんておかしいと思って、必死に堪える。声は出せなかった
。代わりに赤司くんがいじる右手を動かして、赤司くんの手をぎゅっと握った。

「ありがとう」

 そういって赤司くんは私の肩に頭を当てた。こてん、と倒れて来た赤司くん。甘えているのだろうか。それはとても光栄な事で満ち足りると同時に、どれだけのものを背負って来たのだろうかと思わせて胸が詰まる。

「赤司くん。私はマザコンだなんて言って笑わないよ。赤司くんは私に母性を求めているけど、それは男性としては案外普通の事なんだよ。それに、お母さんの代わりにしてる訳じゃないって、わかってるから」
「ああ」
「私は赤司くんがどんなプレッシャーに耐えて来たのか、分かるだなんて簡単に言えない」
「ああ」
「支えになりたいとか、頼ってとか、それも気軽には言えない」
「ああ」
「だけど、こうして甘やかすことなら出来るよ」
「…ああ」
「私なんかが癒しになれるとは思わないけど…」
「自分を卑下にするな」

 赤司くんは私の右手を少し強く握る。切なげに私と視線を絡ませて、どちらかともなくキスをする。赤司くんは顔を離した後、少しの間至近距離で見つめ合って、私を抱きしめる。キツく抱きしめられているから、どんな顔をしているのか分からない。

「ミョウジが好きだ」
「私も赤司くんが好き」
「…たまにこうして、甘えても良いだろうか」
「もちろんだよ。いつでも来て」
「…ありがとう」

 赤司くんは私から離れた。照れくさそうに、そっぽを向いてしまったけれど、左手は握ってくれと言わんばかりにこちらに手のひらを見せている。私はその手に右手を重ねて、指を絡めて握る。手を繋ぐ。たったそれだけの行為で、私は酷く満たされる。
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