マリィちゃんとウインドウショッピングしていて、たまたま目にとまったお洒落な外観の喫茶店。
ここまで結構歩いたしちょっとお茶でもしようか、とふらりと立ち寄ってみれば、外観に違わぬ落ち着いた雰囲気の店内で、店主の趣味なのか田舎風の可愛らしい小物なんかが私達をお出迎えしてくれた。
マリィちゃんは私よりも年下なのに私以上にしっかりしている。ジムリーダーの勤めもしっかりはたしてて、地元を盛り上げることにも真摯に取り組んでいる。
そんな大人っぽいマリィちゃんが頼んだものはミックスオレとチーズケーキという年相応なもので、可愛らしくて微笑ましかった。
焼き上がったばかりのふわふわあつあつのフレンチトーストを口に運びながら他愛のない話に花を咲かせていると、マリィちゃんがおもむろに「あ、アニキ」なんて呟くから、偶然ネズさんがお店の前を通り過ぎでもしたのかと思えば、どうやらそうではなくて、今度新しいアルバムを発売する、というネズさんのインタビューが、店内に設置されている小さなテレビから流れているところだった。
お洒落で落ち着いた店内とはテイストの違うネズさんの風体は、落ち着いた店内に流れるにはミスマッチな感じがしてちょっとだけ面白かった。
ダウナーながら滞りなくインタビュアーの質問に応えるネズさんをぼんやり眺めていると、ふと、本当に素朴に、なんの気無しに思っていたことがぽろりと口から転がり出た。
「いいなぁマリィちゃん、ネズさんみたいなかっこいいお兄さんがいて」
私の呟きを聞いた切れ長の瞳が、ほんの一瞬だけ大きく見開かれて、すぐにねこポケモンみたいにきゅ、と緩やかに瞼が弧を描いてなんとも満足げに細められた。
「でしょ、自慢のアニキたい。あげんよ」
その優越感に浸りきった微笑みのなんと可愛いことか!
前にこっそりと教えてくれたことだけど、笑うのが苦手、なんて絶対に嘘だ。
ここで感情のままに、マリィちゃんにあの手この手でいかに自身がかわいいのかを知らしめることもできたが、マリィちゃんには嫌われたくないので「かわいっ」と小さく呟くだけで留めておいた。
それでも私の溢したその一言が気に食わなかったのか、それともただの照れ隠しなのか真っ赤な顔で「可愛くないっ!」って怒られたけど。


「ていうことがあったんですけど、マリィちゃんかわいすぎません?いいなぁネズさんかわいい妹がいて」
回想終わり。
今日はマリィちゃんに渡さなければならないものがあって、お家にお邪魔させてもらっていた。
事前にマリィちゃんに連絡はしたものの、ジムリーダーのお仕事が忙しいらしく「夕飯時までには片付けるから、アニキがおるから先に家まで来て待ってて」と、なんとも頼もしい返事が帰ってきた。
マリィちゃんが帰ってきたらそのまま一緒にお夕飯を食べに行く予定だ。
私を出迎えてくれた、もうジムリーダーではなくなったネズさんは、よく見慣れたユニフォームは着ていなくて、ミュージシャンらしい、というと少し偏見かも知れないけどオーバーサイズ気味の海外のバンドTシャツに真っ黒なスキニーという出で立ちだった。
やっぱりスタイルのいい人は何を着てもかっこいいなぁ、とゆったりとお茶の用意をしてくれている彼を見て、ぼんやりと思った。
普段座る人間は二人しかいないのに、この兄妹の家には4人掛けのダイニングテーブルが置かれている。たまにお呼ばれしたときに私が座る椅子はもう決まっていて、その定位置に腰を下ろして待っていると、ゆらゆらと蒸気を上げるティーカップを差し出された。
ネズさんは子供舌の私のためにお砂糖をたっぷりいれたミルクティーを淹れてくれた。話し相手になってくれるのか、自分にはブラックコーヒーを。
ミルクティーは淹れられたばかりで湯気が立っているというのに、口に含んでみると私好みの温度でじんわりと舌を潤していく。
ネズさんは私の正面に座り、一口コーヒーを飲んでから、ちょっと考えた素振りをして、何を考えてるんだかわからない真顔で真っ直ぐ私のことを見据えた。
なんだかいつもの穏やかさとは違った雰囲気が流れて、何かまずいことを言っちゃったかな、と内心どぎまぎする。
何か別の話題を出そうかと口を開こうとした瞬間、それよりも早くコーヒーでつやりと塗れた唇が薄く開かれた。
「……おれと結婚すればその可愛い可愛いマリィが義妹いもうとになりますよ。どうです?」
けっこん。マリィ。いもうと。
想像すらしていなかった単語がぽろぽろと形のいい唇から溢れていって、私は聞こえた単語を意味も考えずにそのまま心の中で反芻するので精一杯だった。
けっこん、結婚?おれと、結婚。私が、ネズさんと?つまり、ネズさん私のことが好き……ってこと?!
ようやく言葉の意味を理解して、全身の血液が顔中に集まってるんじゃないか、ってくらい頭がくらくらするし、指先に触れてるティーカップの温度を感じないくらいには、体温も上がっている気がする。
今絶対顔真っ赤だし間抜けな表情してる。
「ふぇ、えっ……?け、なに?」
「いや、結婚は色々すっ飛ばしすぎちまいました。まずは清いお付き合いから始めてみませんか?」
「つき……?なん、いっ、いつから」
「アンタが良ければ今からでも」
「いやちが、そうじゃなくて。その、え〜っと……いつから私のこと……」
「いつから……。それはアンタとお付き合いするのに必要な要素ですか?」
「必要、ではないですけど……」
「返事はいつでもいいんで。待つのは慣れてますし」
首元のチョーカーを指で弄びながら、ネズさんはちょっとだけ寂しそうにそう言った。
そんな言い方はずるい。
だって、ネズさんはずっと私のことをマリィちゃんの友達としてしか接してこなかったし、私もネズさんのことはマリィちゃんのお兄さんとしか認識していなかった。
いきなりそんな、ずっと前から好きだったみたいな言われ方をして意識しないほうが難しい。
ああ、どうしよう。返事はいつでもいいって言ったくせに、ネズさんのターコイズの瞳は返事を催促するようにじぃ、と私に刺さってくる。
嫌じゃない、むしろ私なんかと?って感じだけど、動揺に乗じて即イエスとは言いたくなかった。一旦気持ちを整理してそれからきちんと返事をしたい。
けど今すぐになにか、断るでもなく許諾でもない返事をしなくちゃ。なにか――。
「けど、マリィちゃんにネズさんはあげないって言われてて……」
焦った脳を捻って出てきた返事はなんともお粗末なもので、見当違いなことを言ってしまったと後悔した。
私の呟きを聞いたとろりと垂れた瞳が、ほんの一瞬だけ大きく見開かれて、すぐにへらりと表情が崩れて、びっくりするくらい大きな声を上げて笑い出した。
なんかこれ、ちょっとだけデジャヴだ。
「あげないって!なんだそれ」
こんなに豪快に笑うネズさんは初めて見た。お腹を抱えて心底おかしそうに、なんなら目尻に涙なんかがちょっと見えている。泣くほど面白かったのか……。
見当違いなことを言った恥ずかしさなんかはとっくにどっかにいってしまって、それよりも何がそんなにツボに入ったのか、大笑いするネズさんに呆気にとられてしまった。
「ね、ネズさん、あの――」
「ただいま。アニキ、〇〇」
あまりの笑いっぷりに、このままだと笑い死ぬのでは、と心配になってきて声をかけた瞬間、幸か不幸かマリィちゃんが帰ってきた。
マリィちゃんが帰ってきたことで、なんとか正気を取り戻したのか、ネズさんの大笑いは一旦は止めることが出来た。まだ軽く肩が揺れてはいるけど。
「ふ、ふふっ、おかえり」
「ぁっ、おかえりなさい」
「うん、〇〇おまたせ。随分盛り上がってるけど……」
「大した話はしてないです。さ、早くお行きなさい。あんまり夜遊びするんじゃねぇですよ」
「わかってる。行こ、〇〇」
「ぃ、いってきます……」
ほとんど追い出されるようにして家を後にして、マリィちゃん行きつけのお店へと足を運ぶ。
他愛のない話をしながら店まで向かっていると、横並びで歩いているマリィちゃんからじい、と熱視線が浴びせられる。これは、あれだろうな、と察してはいるものの自ら話題にするのも憚られて、とぼけたふりをした。
「な、なに?顔になにかついてる?」
「……アニキがあんな声あげて笑うなんて珍しか。なんの話しとったと?」
「ぅ゛、ひみつ……」
じと、と不服そうな瞳に睨まれて、思わず視線を逸らしてしまった。明らかに怪しまれているのが、頬に突き刺さる視線からわかる。
けどだめだ。今この瞬間だけじゃない。この後マリィちゃんの、その兄によく似た透き通ったターコイズを直視できる自信がない。

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