ウルトラマグナスの膝の上に座り込み、彼女はうんざりしたように、そう声をかけた。
「まだだ。もう少しだけ大人しくして待っていなさい」
「だってマグちゃん、そう言ってもう四十分は経ったのに……」
そう、先程からこの調子なのだ。
彼女が数分に一回「まだ?」と聞くとウルトラマグナスが「あと少し」と返す。その繰り返し。
「見ればわかると思うが私は仕事中だ。追い出されないだけマシだと思ってほしいがね」
「むむ……そうかもだけど……そもそも今日はお休みなんだしちょっとくらい構ってくれてもいいのに……」
一体どれほど重要な仕事なのか、彼女には皆目検討もつかなかったが、わざわざ休みである時間を使ってまで取り組んでいるのだから、それなりに重要──なのかもしれない。
ウルトラマグナスも早く終わらせるつもりではあるのか、困ったように眦を下げて、ため息をついた。
「本当にあと少しなんだ。頼むよ、君はいい子だろう」
「……ん」
自身よりも数倍大きな手のひらで撫でられながら、そう宥めすかされてしまえば、彼女は引き下がるしかなかった。
とは言っても、彼女にとってはもう十分大人しく待ったつもりである。
というよりも長命種であるウルトラマグナスの言う「あと少し」がどれくらいであるのか、彼女は甘く見ていた。おおよその予想すらつかないし、大体でいいから目安の時間くらい教えてくれたっていいのに……。可愛い恋人を放ったらかしにしてまで、しなければならない仕事なのか……。などなどそんな文句は堪えて、彼女は再度ウルトラマグナスに問いかけた。
「ねぇマグちゃん。あと少しって何分くらい?」
「あと少しはあと少しだ」
「答えになってないよぉ……ねぇ〜……」
もう話すことはないとでも言うように、ウルトラマグナスは彼女の言葉に答えなかった。いくら彼女が話しかけようが、膝小僧を突こうが、ウルトラマグナスは視線すら彼女に寄越さずに、仕事に没頭している様子である。紛うことなきフルシカトである。
そうなると当然、彼女もいい気分ではない。そっちがその気ならこっちも好きにしてしまえ。彼女は微かな苛立ちすら感じながら、いたずら≠開始した。
ウルトラマグナスの膝の上に立ち上がり、その首元へと手を伸ばす。そのままウルトラマグナスと比べるとか細すぎる指先で堅牢な首を撫で始めた。擽るような手つきで何度も首筋を往復したり、かと思えば虫が這うかのようにゆっくりと撫で回したり。終いには頬や首筋に何度も軽くキスまでし始める始末。待っている間の手慰みのつもりだったが、なんだか楽しくなってきてしまっていた。
彼女がそうしてウルトラマグナスを振り向かせるために懸命にいたずらに勤しんでいる間にも、ウルトラマグナスは平然と仕事をこなしている──ように見えた、が。
まったく平気などではなかった。ウルトラマグナスは涼しい顔をしていたが、その実、心は掻き乱されてばかりだった。
彼女が身動ぐ度に微かに肩を揺らし、彼女から漏れ出る吐息に体を強張らせていた。
もう、もういい加減構ってやってもいいんじゃないか? とウルトラマグナスの内なる悪魔がそう囁いたが、ロディマスプライムの尻拭いである業務はあと少しで片付きそうなのである。あと一踏ん張り、ほんのあと数ページ書ければこのレポートは完了するのだ。ここは心を鬼にして彼女には構わずに終わらせるべきである。ウルトラマグナスの内なる天使が内なる悪魔をそう打ち負かし、理性ギリギリのところでウルトラマグナスは耐えた。耐えてしまった。
そうして彼女の知らないところで結論付けたところで、彼女に変化があった。
散々いたずらして満足したのか、それとも諦めたのかウルトラマグナスにはわからなかったが、彼女は徐にぴょい、とウルトラマグナスの上から飛び降りると、そのままそそくさとドアへと向かっていく。
ここまで無言を貫いてきたウルトラマグナスも、流石にこれには黙っていられなかった。
「どこへ行くんだ?」
「ひみつ」
彼女はそう短く答えると、ウルトラマグナスの方を振り向きもせずに部屋を出ていってしまった。
一体どこへ、というウルトラマグナスの疑問は解消されないまま、部屋に静寂が訪れる。ちょっかいをかけられずに仕事に集中できる環境にはなったが、今度は彼女の行先が気になってしまい、ウルトラマグナスはしばらくの間、そわそわと彼女の出ていったドアを確認する羽目になったことは言うまでもないだろう。それでも根っからのワーカホリックであるウルトラマグナスは、その内ドアを気にすることなく思う存分仕事に没頭しだすのに、そう時間はかからなかった。
気がつけば仕事に集中しすぎて、随分と時間が経ってしまっていたらしい。窓から差し込む光が、先ほどの柔らかなものとは変わって、黄金に輝く斜陽が室内の家具に当たってはっきりとした影を落としている。
そういえば、ふらりと彼女が出ていってからまだ帰ってきていないことに気がついた。あれだけ猛烈にちょっかいをかけてきたというのに、一体どこに行って何をしているのか。恐らくどこかで暇を潰しているのだろうが、構えなかった詫びも兼ねて探しに行こうか。ウルトラマグナスはそう考えて自室を後にした。
──のだが。
「〇〇」
彼女は基地内の廊下をうろうろと徘徊していたようで、ウルトラマグナスの自室からそう遠くないところにいた。彼女はウルトラマグナスの呼びかけに気づくと、にっこりと頬を上げウルトラマグナスに駆け寄った。どうやら機嫌を損ねてはいないらしい。
「あ、マグちゃん。どうしたの?」
「どうしたの、って──。君が構ってくれと言っていたからこうして探しに来たんだ。さぁ、部屋に戻ろう」
先ほどまで自身が行った構って攻撃のことなど忘れてしまったかのように、あっけらかんとそう宣う彼女に、ウルトラマグナスは呆気にとられた。あれほどしつこいほどに纏わりついて、私の情緒をおかしくさせかけたくせに、と。
「え? あ、あぁ〰〰……ごめん、なんかもういいかも!」
「いい、とは?」
彼女から明るく発せられたそれは、拒絶ともとれるものだった。
まさか、構わなさすぎて愛想をつかされてしまったのか。ウルトラマグナスの脳内を最悪の予想が過ぎる。自業自得の結果ではあるが、もし恋人関係を解消でもされてしまえば──。ウルトラマグナスは冷静を装ってはいたが、内心気が気ではなかった。先程は仕事にかまけて冷たくあしらいはしたが、彼女のことを心底愛しているのだ。どれほど愛しているかというと、いつか来るであろう別れ──自身よりも先に来るはずの彼女の寿命による死別前提である──を想像して眠れなくなった夜があるほどである。うさぎのように感情がわかりにくいのである、このウルトラマグナスという男は。
ウルトラマグナスの心中など知ったこっちゃない彼女は、「また多分なんか考え込んでるてるなぁ」と察してはいたが、本当にそういった気分は長すぎる待て≠フおかげで綺麗さっぱりなくなってしまっていた。それに、さっきフルシカトを決められた多少の恨みも、ないわけではないのだ。ちょっとした仕返しのつもりで、ウルトラマグナスのそれには気づかないふりをして、またしてもあっけらかんと宣った。
「気分じゃなくなっちゃった! このあとダニエルたちとテレビゲームする約束しちゃったし、また今度ね」
「なっ、え、〇〇‼︎」
そう言うが早いか、彼女はウルトラマグナスの静止の声など聞こえていないかのような素振りで、さっさとその場から去ってしまった。一方のウルトラマグナスは、彼女を追いかけることも出来ず、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。ようやく愛しの彼女に存分に構えると思ったのに。ウルトラマグナスにはどうすれば彼女の気分を取り戻せるのか、とんと思いつかなかった。というよりは、彼女に置いて行かれたショックで、今は何も考えられないといった方が正しいか。失意の中、 太陽はすっかり沈み切ってしまった。いつもそれなりに賑やかである基地内は、電灯がついているにも関わらず、どこか薄暗くいやに静かだった。