ファーストキスは、彼女からだった。彼女のほうはそうじゃなかったみたいだけど、生きてきた年数が数倍違うんだから、残念ではあるけれどしょうがない。
 彼女の家で去年大ヒットしたという恋愛映画を観ていて、ストーリーの進み具合もほどほどに、なんとなくそういう雰囲気になって、ソファで横に座っていた彼女が、おもむろにボクにしなだれかかり、視線を交わらせた。人間ってこういう時にキスするんだ、なんて思ったのも束の間。唇が寄せられた時点で、あ、まずいかも、とは思ったけど時すでに遅し。
 唇が触れ合った瞬間、今まで感じたことのない感覚に襲われた。ただ、数秒触れ合っただけで。
「ふぁ、は、ぇ?ちょ、っとまっ、て!!」
「え、やだった?」
 慌てて彼女の肩を掴み、引き離す。
 青天の霹靂、電撃が走るとか、そんなチャチなもんじゃなかった。なんだあれは。動力盤から過剰すぎる電力が供給されてそれが溢れてしまいそうな感覚。制御盤が壊れたのか、思考回路がめちゃくちゃになって何も考えられなくなりそうな──
 人間たちって本当にこんな行為を日常的に交わしてるのか?こんなの、した後の生活ままならないんじゃないか?
 さっきのキスの衝撃のせいか、頭のてっぺんから足のつま先まで妙に熱が篭もるし、そのせいで頭がぐらぐらしている気がする。
 よだれ垂れてるよ、と言われ手の甲で乱雑に拭う。口開きっぱなしだったや。
「いやとかじゃなくて、その……」
 いつもなら快活に動く舌も、今はうまく回らない。少し不安そうに彼女の瞳がこちらを覗く。
「なんかこう、ダメな気がする。うまく言えないんだけど」
「ダメ?」
「これ以上したらボク使い物にならなくなるかも……」
「ほぉ」
「ぞわぞわするっていうか、その」
「気持ち悪い?」
「不快感じゃなくて、でもショートしそうになるというか」
「じゃあ、もうしない?」
 首を傾げながら、私はまだし足りないけど、と付け加えられ、ボクの彼女かわい〜!というあまりにも呑気な感情とあんなの続けたら今度こそ確実に壊れるという確信とその他諸々の感情がないまぜになる。
「それは……したい、けど」
 もちろんしたくないわけではない。可愛い彼女の頼みである。叶えられることならば、可能な限り叶えてあげたい。
「あ、じゃあさ、二号からしてよ。自分からしたほうが、覚悟もできるだろうし」
「んん……わかった、やってみよう」
「じゃ、いつでもど〜ぞ」
 ボクとは違って余裕だらけの彼女が、静かに目を閉じる。自分からあの感覚を迎えに行くのはかなり勇気がいるけど、やるしかない。
「よし、し、しつれいしま〜す……」
 唇が触れ合い、じわりと彼女の温度がボクに移る。彼女の肩を掴む両手に、思わず力が入る。覚悟を決めてから触れ合ったおかげか、さっきよりはまだ耐えられた。相変わらず頭はぐらぐらしたままだし、全身をかけ巡る電流は普段より過剰な気がしたけど。
「ん、ふふ」
 彼女の伏せられていたまつげがゆっくりと上がり、視線がかち合う。おや、と思っている内にれろ、と彼女の舌がボクの唇をなぞり、思わずソファから転げ落ちた。
「〜〜っっっっっ!?」
「ふふふ、かわい〜……」
「なん、なに、なんっっっでそんなことするんだ……」
「かわいくって、つい。ごめんね?」
 ほんとは人間じゃなくて悪魔なのかな、この子。完全にいい様に弄ばれている。なんだか、なにかに負けた気がする。まともに彼女の顔を見ることができない。
「二号、なんか敏感すぎない?」
「そう……かも」
 そこではた、と気づいた。というかようやくデータベースから情報を引っぱり出せた。以前ヘド博士が仰っていたこと。ロレンチーニ器官だ。ボクらガンマは鮫をモチーフにデザインされている。それ故、鮫に備わっている機能(生態?)の大体はボクらにも備わっているということ。ロレンチーニ器官のおかげで、どれほど微量な電流でも感知できてしまうということ。それってつまり、人間から発せられるちょっとの電流も感知してしまうわけで──
「これさぁ」
 いつの間にか天井を背景にした彼女の顔がぐ、と近づき、揺らめく長い髪が檻のようにボクの周りに落ちる。華奢なオンナノコの彼女なんて、その気になれば簡単に退かすことができるのに。なぜか押し倒されたままボクは逃げられなかった。
「な、なに」
「してる最中に舌入れたら、一体どうなっちゃうんだろうね?」
 悪魔のような思いつきだ。彼女が心底楽しそうに、意地悪く笑う。
 テレビからは観客にハッピーエンドを報せる曲が、エンドロールと共に流れ出していた。


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