「貴方を恋い慕っている」
私の告白を聞いた彼女の目が大きく見開かれ、次いで顔面がサァッと青ざめる。
今日に至るまで彼女の私に対する好感度は悪くはないと思っていたが、そうではなかったらしい。これは良くない反応なのだろう。人生経験というものが常人より圧倒的に足りない私にもその位は理解できた。
焦ったように彼女が口を開く。
「い、今の私以外の誰かに話した?」
「いいえ、まさか」
「ヘド博士にも?」
「ええ」
「ちょっと来て」
手首を掴まれツカツカと歩き出す彼女に引っ張られる形で私は足を踏み出した。
「一体どちらへ?」
「博士に報告をしに」
こちらを振り向かずに彼女が答える。
"博士に報告"ということは告白は承諾してもらえたということか。彼女の反応から断られるのではと思っていたがどうやら違うらしい。
所謂ご両親に挨拶を、ということか。博士はなんと仰るだろう。いささか気が早すぎる気がするが、それならこの掴まれたままの手は握り返してもいいのだろうか。
「ここで待ってて」
結局手は握り返せないまま博士のラボまでくると、彼女は私を置いて一人で中へと入ってしまった。
何故別々に入室する必要があるのだろうか。
なにか私の知らない挨拶の作法でもあるのか。
彼女の不可思議な行動に考えを巡らせていると、それほど時間は経たずに扉が開き室内から声をかけられた。
「おまたせ、入っていいよ」
そう促され室内に足を踏み入れるが、博士の姿は見当たらない。
挨拶をするのではなかったのか?人の世の作法というものはまだまだ知らないことだらけらしい。
「博士はどちらに?」
「隣の準備室だよ。私達は先に準備してしまわないと」
一体何の準備を?そう問う前に「一度ポッドに入ってほしい」と言われ、勢いに押され指示通りに従うとすぐさまカバーが閉められ、彼女の事務的な声がマイク越しに伝えられる。
「現在時刻午後十四時二十七分、ガンマ一号の緊急メンテナンスを開始します」
「緊急メンテナンス?なぜ、私はどこも――」
ようやく異変に気づきポッドから出ようとするも、内側から開かないようにロックがかけられている。なぜ。私はどこもおかしくなんてないのに。
私の言葉を遮るように彼女の重く冷たい言葉が響く。
「ごめんね。正義のヒーローにその感情は不要なものなんだ」
「おはよう。ガンマ一号」
「おはようございます。○○助手」
システムを再起動すると、まず柔く微笑む彼女を視認した。次にここ数時間、いや、数日に渡っていくつかの記録データが存在しないことに気づく。まるで虫にでも食われたかのようにデータが抜け落ちている箇所が複数あるのだ。
幼子をあやすような声音で彼女が言う。
「どこか違和感はないかな?」
「異変は感じられませんが、あの……私は一体何を?いくつかの記録データが削除されているようです」
「深刻なバグが見つかってね。それの修正をしたんだよ。記録データもそれに伴って削除させてもらったよ」
「バグ?どういったバグでしょうか」
数日分の記録データを削除しなければいけないほどのバグとは一体どういったものなのか。記録データを削除しているので当然ながら身に覚えがなかった。
彼女は言葉を選んでいるのか言いにくそうに答える。
「う〜ん、特定の人物を贔屓してしまう、みたいな?ヒーローが誰か一人を特別視するのはダメでしょう?」
「なるほど、理解しました。お手数をお掛け致しました。ありがとうございます」
「いえいえこれも仕事ですから。けど、どういたしまして」
「それでは、失礼します」
メンテナンスが終わったのなら、ここに長居する必要もない。
本来の業務へと戻るために扉へと足を向ける。
「ああ、そうだ」
何か伝達し忘れていたのだろうか。
退室しようとする私に、思い出したかのように彼女が声をかける。
なぜそのような顔をするのか皆目検討もつかなかったが、気のせいかその表情は口元は引き上げられているのにどこか暗く悲しげに見えた。
「さっきの返事だけど、私も同じ気持ちだったよ」