「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜…………」
 空は青く冴え渡り、雲一つない晴天。
 気温も高すぎず低すぎず、なんとも快適な気候だ。
 きっと野原でピクニックなんかしたらとっても気持ちいいんだろうな。
 そう考えて私はひとけの少ない所にあるベンチを選んで持参したお弁当を取り出した。
 残念ながら私が今からするのは制限時間付きの栄養補給で、数十分後にはまた業務に戻らなければならない。
 帰りた〜い……
 今すぐ退勤してコンビニでジャンクな食事を死ぬほど買ってそれをお酒とともに掻き込んでお風呂にも入らずに化粧だけ落として寝ちゃいた〜い……
 冷えてぼそぼそになってしまったそぼろご飯を食べ進めながらそんなことを考えていると、ふいに声をかけられた。
「お疲れのようですね」 
 ガンマ一号さんだ。
 数ヶ月前突如としてここCCに現れた自他ともに認める超天才ヘド博士。彼の人に造られたという人造人間。
 ガードマンとして雇われたというが、正直にいうとこの辺りは特に治安が悪いわけでもないので、彼のお仕事は会社周辺の見回りに留まっている。
 スーパーヒーローあれかしと造られた一号さんは普段からこうして私のような一般職員にも気を遣って何かと声を掛けてくれる。
 どうやらさっきのクソ長ため息を聞かれていたようだ。
「隣、失礼しても?」そう言ってこちらを見下ろしてくる彼はその身長のせいか少しだけ威圧感がある。
 きっと他意はないのだろうけど。
 どうぞ、と少しだけ端にずれて座り直すと、空いたスペースに彼が腰を下ろした。
「わかっちゃいます?ちょっと最近残業続きで開発も行き詰まっちゃってて今ストレスフルかもしれません」
「なるほど。ああ、確かに目の下に隈が」
「え!嘘やだ〜恥ずかしい」
「あんまり無理はなさらないでくださいね」
 何気ない優しさが身に沁みる。その心遣いはその辺にいる薄情な人間よりもよっぽど人間らしい。
「ありがとうございます。もちろん、体が資本ですから」
 ふと一号さんに視線を移すとじぃ、と頭頂からつま先までその視線に一往復され、今度はしっかりと視線を交わされる。
 食べてる最中なのであんまり見ないでほしい……
 もしかしたらバイタルを測られているのかもしれない。
 本当にそうならプライバシーの侵害だが、憶測の域をでないので気づいていないふりをした。
「……気休め程度にしかならないでしょうがーー」
 なにか解決策を考えてくれたのか、控えめにその口が開かれる。
 卵焼きの味付け失敗したな、と思いながら、咀嚼している最中なので目配せで話の続きを催促した。
「抱擁……ハグをするとストレスが軽減されると聞きます」
「ん……ハグ、ですか」
「人同士でなくともぬいぐるみやクッションなどでも効果があるそうです。私で試してみませんか」
 まっすぐ私を見据えながらそう言う彼の表情は本気そのものだ。
 突拍子もない提案だが生真面目な彼が冗談を言っているとは思えなかった。
 今この場で出来得る限りの対処法を考えてくれたのだろう。
 彼に対して負の感情は持ち合わせていない。むしろ好意を抱いている。
 ハグでのストレス緩和は好意を持っている相手でないとむしろ逆効果のはずだ。それをわかって提案してくれたのかどうかはわからないが、せっかくのお誘いだ。少しくらい甘えてしまってもいいかもしれない。
「なら、少しだけお願いします」
「ええ、最善を尽くします」
「その前に、お弁当食べきっちゃいますね」
「焦らずゆっくりしっかり噛んで食べてください」
 お母さんのようなことを言うなぁ。
 もぐもぐとほとんど終わりに差し掛かったお弁当をバレないようになるべく駆け足で食べすすめた。



「では失礼して」
「ええ、いつでもどうぞ」
 身長差があるので、一号さんには座ったままでいてもらい、私が少し屈んでハグすることになった。
 ひとけが少ないとはいえ青空の下で自分から彼に抱きつくのはちょっと恥ずかしくもあったが、仕方がない。
 手をこちらに大きく広げてハグ待ちをしている彼はなぜだかいつもより幼く見えた。
 そろりと遠慮して肩と背中に軽く腕を回すとぐい、と背中を引き寄せられ彼の肩に顎を乗せる体勢になってしまう。
 おお、思ったよりいくなぁと内心少し驚いた。イヤじゃないけど。
「どうですか」
 自分の後頭部から届いたその声は柔らかく耳をくすぐった。
「ひんやりしてますね」
「感触ではなく精神面での話です」
「あっ……」
 恥ずかしい……!そりゃそうか、私のメンタルを心配して提案してくれたことなんだから。
 感触の感想なんて求めるわけがない。
「ええっと……なんとなく落ち着くような……?」
「なら、効果は出ているようですね」
「おそらく……?一号さんはどうですか?」
 返事がない。ただのしかばねになってしまったのだろうか。
 そういえば、どのくらいの間この状態でいればいいんだろう。心なしか触れ合っている部分が熱をもっている気がする。というか、どんどんと加熱されていっている感じがする。自分の体温以上の温度に身じろぎすると、彼の真っ赤に染まってしまった横顔が視界をよぎった。
 思ってもみないその表情につい腕をほどいてしまった。肩に置かれたままの彼の手はまだ熱いままだ。
「あの、一号さん」
「……なんですか」
「もしかして、照れてます?」
「………………まさか」
「顔真っ赤ですけど」
 言い訳を探しているのか、その視線はうろうろと忙しない。語気も弱々しくいつもの凛とした雰囲気はどこへやら。随分と歯切れの悪い話し方だ。
「…………思ったよりも声が近くて」
「えっ」
「あ、いや!やましい気持ちではなくもないのですがその……!」
 その、なんなんだ。というかやましい気持ちってなんだ。正直者過ぎるだろう。
 初めて見る彼の動揺した姿に少々面食らう。
「声も近いですし体も想像以上の柔らかさでひょっとしてとんでもない提案をしてしまったのではとようやく自覚してしまいつまりは貴方が私に好意をもってくれているという前提での提案はあまりにも自信過剰だったのではと――」
 焦りからか余計な情報が混ざっているし文法なんかぐちゃぐちゃだがつまりなんだ。私が彼に対して好意を持っている前提で話を進めたが、その前提が自信過剰すぎるのではとハグしてからようやく気づいて恥かしくなってしまったということ?なんだそれ。それは照れる理由にしてはちょっと可愛すぎないか?
 考えもしなかった可愛らしすぎる理由に思わず声を上げて笑ってしまい、今度は自分からしっかりと彼のことを抱きしめた。
「あはは!一号さん可愛い!!」
「あっ、やめっ……こら、やめなさい!」
 私なんか無理にでも引き離せるだろうに、口ではやめろと言いつつも彼はそうしなかった。きっと無理やり引き離すと変に力を入れて、私に怪我をさせてしまうのではと心配しているのだろう。もしくは照れで硬直しているだけかもしれない。
 初めとは段違いに暖かくなってしまった彼の躯体が心地よい。
「私は一号さんの優しいところ、好きですよ」
「う……」
 すっかり私のなすがままになってしまった一号さんは言葉すら失ってしまった。
「あ、お昼休憩終わっちゃう」
 彼の肩越しに腕時計を確認すると、もう休憩時間も残り少なくなっていた。
 この暖かさを失うのは名残惜しいが、離れるしかなさそうだ。
 ゆっくりと彼から離れると、未だ真っ赤な顔をして自らの口元を抑えていた。う〜ん、可愛い。
「私戻らないと……ありがとうございます。一号さんのおかげでとっても元気がでました!!」
「それはなによりだ」
 真っ赤な顔から発せられたその声は普段のものと何ら変わりなかった。照れてるくせに。
「それではまた!」オフィスに向かいながらバイバイと手を振ると、ぎこちなく小さく振り返してくれる。だめだ、もうどんな動作でも可愛く見えてしまう。
 今初めて知った一号さんの可愛さに、さっきまで感じていた帰りたさやストレスや何もかもが吹き飛んだ。
 気のせいかもしれないがなんだか体が軽く感じる。
 午後の業務がどれだけ大変だろうと難なくこなせそうな気さえしてきた。
 またハグさせてくれないかなぁ。
 そう思いちらりと後ろを振り返ると、まだ見送ってくれていた一号さんにふわりと微笑まれ、今度は私が赤くなる番だった。

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