彼が稼働した時のことは鮮烈に覚えている。
ヘド博士の助手として、超天才には遠く及ばない私でもできるガンマ達の開発の補助、セルマックスに関わるデータの整理、果てには多忙である博士の身の回りの世話まで、できる限りのことをそれまで精一杯やってきた。
それでもやはり人より少し賢いくらいの私にできることなんて限られていて、最近の仕事といえば、ほとんど開発には関わっていなくて、博士の身の回りの世話や簡単な書類の整理などに留まっていた。ガンマ達の開発状況も知る由もなく。
それが、まだまだ開発途中だと思っていた人造人間が、いつの間にか完成していて、ある日突然目の前に現れるだなんて、夢にも思っていなかった。私が最後に見た時は意識すらまだなくて、充電ポッドに静かに横たわっていただけだったのに、こんな風に二本足で立って自らの考えで言葉を紡いで、その搭載された優秀なCPUで最適な方法で人々の助けになったり。その生き様を見ている最中も、未だに夢のような心地だった。
多分私は、生きた彼を一目見た瞬間、恋をしたのだと思う。それほどまでにガンマ一号という人造人間は、私の理想だった。ガンマ達は人類の良き友として存在して、私にとっては良き同僚として、瞬く間に生活に溶け込んでいった。
彼が稼働開始して以来、ガンマ達はヘド博士の補助をしている私について回るようになった。私やヘド博士の後ろをついてくる二人は、その大きな躯体にかかわらず、なんだか親鴨の後ろにひっついている小鴨のようで可愛らしかった。
ガンマ達は悪を滅ぼす為に造られたスーパーヒーローだ。スーパーヒーローは誰か一人を贔屓したりはしない。彼らはその理想を追い求めて造られただけあって、誰に対しても平等な立場でいなければならない。特に一号はその理想通りで、誰か一人を特別視したりはしなかった。そういう風にプログラミングされているから当たり前と言えば当たり前だが、彼の人類に対する慈愛の瞳は分け隔てなく注がれた。私はそんな彼のことを誇らしく思いつつも、少し憎らしくもあった。
そうして毎日を過ごしていく中で、私の一号に対する想いは日に日に大きくなっていった。いくら平等だといっても、なにか任務に当たっている時以外は大体は私の側にいるんだから、少しくらい私を特別に扱ってくれてもいいのに、なんてわがままを思ったりもした。こんなこと、誰にも言えやしないけど。
セルマックスの調整もあと一息、といった頃。
もうそろそろ退勤時間だという時に、神妙な面持ちの一号に声をかけられた。なんでも折行って内密にしてほしい相談があるらしい。それなら基地内にある私の自室で話を、と持ち掛ければ、「今から伺っても?」となんとも彼らしくない切羽詰まった顔で問われて、駄目とは言えなかった。
♡♡♡
「何か飲む? そんなに手の混んだものは出せないけど」
「あ、あぁ……あなたに任せる」
よっぽど緊張しているのか、ダイニングチェアに座った一号は体を縮こまらせて、歯切れ悪く返事をした。室内に入った時なんか、「適当に座って」と声を掛けるまで床に正座していたくらいだ。
さて、彼をもてなすのには何を淹れればいいか。一号は最近食物を経口摂取できるようになって、味覚を調整したばかりだから、まだ飲んだことのないものを淹れてあげようか、とお気に入りの茶葉を手にとって、茶こしに数杯分よそって、お湯を沸かした。本当はポットで淹れたほうが美味しく淹れられることはわかっているけど、一号のあの縮こまりぶりからして、早く相談に乗ってあげたほうが良さそうだし、そうも丁寧にしていられない。私のは出涸らしでいいや。すぐに飲めるように冷蔵庫から出したばかりの牛乳でその出涸らし茶を薄めて、リビングへと戻ると、一号は背をぴん、と伸ばして人形のように真正面を見続けていた。「おまたせ」と声をかけると、一号はびくり、と肩を震わせてから、錆びついてミシミシと鈍い音が鳴ってしまいそうなくらいぎこちなくこちらへと首を回した。あんまりにもな緊張具合に、こっちまでそれが伝染ってしまいそうで、苦笑してしまった。
一号に淹れたての紅茶を差し出して、その正面の椅子に座れば、彼は「ありがとう」と蚊の鳴くような声でお礼を絞り出した。こんな調子で内密な相談なんかできるのかしら、なんてミルクティーを一口飲みながら思った。
「それで――。相談って? 私にしか話せないこと?」
「ああ、その……あまり公にはしてほしくない」
「わかった。みんなには秘密ね」
私の返事を聞いて、いくらか緊張が解れたのか、一号は肩の力を抜いて、少しだけ表情も柔らかくなった。兄弟機である二号にも、それこそ創造主であるヘド博士にすら話せない秘密をほかでもない私に共有してくれるのが嬉しい。一体どんな内容だろうか、まったく想像がつかないけれど、もしかして私にとって都合のいい話かも、なんて根拠のない浮ついた可能性を考えて、内心ほくそえんでしまった。あれだけ緊張していたんだもの、私に関することの可能性だってなくはない。
一号はうろうろと視線を彷徨わせたかと思えば、ちらり、と私と一瞬だけ視線を交わして、すぐまたそれを目の前にある紅茶へと落として。ゆっくりと一号の口が開かれて、なんだか私まで緊張してしまって、彼が発声するまでの一瞬が永遠のように思えた。
「ぁ……その、なんというのか……気になっている、女性が、いて――」
「へ……ぇ?」
その後の話はうまく耳に入ってこなくなった。
一号は話し始めたら何か吹っ切れたのか、始めに見せていた恥じらいなどなくしてしまったのかのように、つらつらと饒舌に話し出した。知らない女の子の名前が一号の口から発せられて、経理所属でたまにヘド博士と話していて羨ましいだの、気づけばその子を目で追っているだの、どこそこでばったり会って少しだけ話せただの、どうでもいい……いや、気分の悪くなるようなことばかり。飲んでいる最中だったミルクティーは、一号が告白した瞬間にた生温いただの液体へと変わってしまった。
浮かれていたのがバカみたい。私が何でも話せる特別な存在だからじゃなくて、ただ身近な女性が私しかいなかったから相談してくれただけで、そこに何か大切な思いが込められているわけなんかなかった。
私の秘めた心中を悟られないように、努めて冷静に、何でもない風に装わなくては。ただそう思いはするものの、胸中では醜い感情たちがぐるぐると渦巻いて、とてもではないけれど落ち着いていられなかった。
私は好いた相手の恋路を自分の気持ちを押し殺して素直に応援できるほどできた人間ではないし、かといってその恋路を邪魔してやろうと思うほど悪辣でもない。
ほとんどうわの空で一号の話に相槌を打つ。もう聞きたくないから、早く相談とやらを済ませてほしい。いつ本題に入るんだ、と思いながら話を聞いていたからか、私の返答がいつもの調子とは何か違ったように思ったのか、一号は不安そうにこちらを覗き込んできた。
「それで食事に誘うかと思っているんだが――。〇〇? どうかしたか」
「えっ、あ……ごめん。ちょっとぼーっとしちゃった。食事が、なに?」
「彼女を食事に誘いたいんだ。しかし急に誘えば驚かせてしまうだろうか……」
「あー……私だったら、喜んで行くけどね。どうだろうね」
鈍感で武骨な人造人間は、私の真意に気づくことはない。一号は一口だけカップを傾けると、私の返事を催促するかのようにじ、とこちらを見つめてくる。
貴方が今味わっている飲み物の味が、一般的な意見に近づくように味覚調整をしたのは誰だと思ってるの、と言えたらどれだけ楽だろう。私がメンテナンスしたその舌で、私以外の人間と食事を楽しむのか、なんて言えるわけもないけど。
「一号のしたいようにしたらいいんじゃないかな」
私は曖昧に笑って、一号の初恋が無残にも散ることを祈らずにはいられなかった。
正面に見える液晶の真っ黒な瞳には、どっちつかずにしかなれない卑怯者の情けない顔が反射して、私を笑っていた。