「ふふ、ふ……あは、あはは!!もうだめだぁ!」
 ごめんね、大笑いしちゃって!と肩を震わせながら、笑うのを耐えていたであろう彼女の顔が遂に綻んだ。お腹を抱え、涙を湛えながら笑う彼女を見て、人間って変な生き物だな、と思った。



「やっほ〜お疲れ!ね、一緒にホラー映画観ようよ!」
 本日中の訓練や任務を全て終えたボクは、彼女をつかまえて、こう切り出した。
「ああ、お疲れ様。にしてもなんでホラー映画?」
「ほら、ボクってまだ生まれたてほやほやで情緒が十分に育ってないだろ?」
「まあ、生まれたてはそうね。情緒はもう十分育ってそうだけど」
「人間がどういった時に恐怖を感じるか、知っておきたいんだ。情操教育の一環だと思って、お願い!」
 あとついでに、恐怖というものを感じられるのなら、感じてみたい。本来、人造人間のボクにとって必要ない感情かもしれないけど。
「別にいいけど、私ホラー平気だよ」
 もし二号が怖くなっちゃっても、共感してあげられないよ、と思ったよりもあっさり承諾してくれた。
「キミが怖がる必要はないよ。ボクはホラー映画を観たことがないから、理解できないところがあったら解説してほしいんだ」
「なるほど、了解」
 彼女ももう退勤して、部屋に戻るところだったらしい。この後すぐに、各種配信サイトと契約しているという彼女の自室で観ようということになった。部屋に向かいつつ、彼女がボクに訊ねる。
「何観るか決めてある?」
「リスト作ってきた!みて!」
 不朽の名作と評判のものから所謂Z級映画と呼ばれるものまで、ありとあらゆる年代のホラー映画をリストアップして紙にまとめてきた。これにはホラーマニアもにっこりだろう。
「マメだねぇ」
「これとかこれとか、あとこれも気になってるんだ」
 人を襲う殺人スシ、呪いvs呪い、月に魅入られた父親の話、その他etc……生まれたばかりのボクにとって、どれも未知の世界である。
「う〜ん、全部観たことあるけど、そんなに怖くないよ」
 まさか、今あげた候補を全部観たことがあるとは思わなかった。マイナーなものも選んだはずだったんだけどな。
「じゃあこのリストの中から、キミのおすすめを観ようよ」
「おっけ〜それなら任せて」
「じゃあこれは?」
「これ面白いよ!怨念がいっぱい出てくるやつ!」
 ホラーは平気、だなんて言っていたけど、むしろ彼女は筋金入りのホラー映画好きらしい。ボクの作ってきたリストに載っている作品はあらかた観てるんじゃないか?というか、恐怖を感じさせるために作られた映画に対して面白いってなんだ?まだまだ人間について知らないことが沢山あるらしい。「怨念がおんねんだね!ワハハ!」などという面白さが到底理解しがたい言葉は聞かなかったことにした。
「ならこれは観よう。こっちは?山奥の田舎での夏至祭の話で──」
「あ、それはダメ。応援上映濡れ場があるから」
「応援上映濡れ場ってなに?!」
 とんでもない単語が彼女の口から飛び出す。彼女はこういった話題も、恥じる事なく平然と話してしまう。
「大勢の全裸の女性たちに囲まれた男女が致す場面があるの」
「どういうこと……?」
 恐らく何一つ嘘はついていないのだろう。ただ、その説明だけでは全く状況が想像できなかった。
「私、劇場で観た時も我慢できずに笑っちゃったから、これはパスね」
 ホラー映画で笑いが?あえなく予選敗退となったがどういう状態なのか、めちゃくちゃ気になるな。応援上映濡れ場。
「これは……?」
 ボクが指差したのは、武器に改造されてしまった死体が大暴れする話、らしい。なんだかヘド博士が好きそうな内容だ。偏見かな。
「これはスプラッタだから、二号の知りたい恐怖心はあんまり煽られないんじゃないかな?」
「なんで?」
「スプラッタは大抵主人公たちが無残にも殺人鬼とかに殺されちゃう話ばかりだからね」
 ホラー映画のジャンル分けに疎いボクにも、彼女はわかりやすいように説明してくれる。ホラーにも色々あるようだ。
「だって、二号なら凶悪な殺人鬼だって、きっと簡単にやっつけちゃうでしょ?」
 暴力に対して非力な人間には、感情移入しにくいと思うな、とも。そもそもホラー以外の映画でも、人間に感情移入して観られるかわからなかったが、彼女の考えは一理あった。
「確かに……」
「だから、恐怖という感情を知りたいならオカルト系を中心に観ようよ」
 観るにしてもスプラッタは一本だけにしてさ、殴ればどうにかなる殺人鬼より、実体のない幽霊のほうが恐ろしく感じるかもよ。そんな話をしているうちに彼女の部屋へと帰ってきた。そういえば、ここに着くまでに一度も彼女から「怖い」という感想がでてこなかったことに気づく。よほど胆力があるらしい。ボクは初めて観るホラー映画がどんなものなのか、少しワクワクしながら彼女の部屋へと足を踏み入れた。



 ホラー映画は他のジャンルよりも少しだけ上映時間が短いんだよ。そう教えてくれた通り、映画丸々一本を観るのにそうエネルギーは使わなかった。二人でソファに横並びになり、無事一本目の怨念がわらわら出てくる映画を観終え、二本目の映画の終盤に差し掛かった。そして、冒頭に至るのだが──
「ふふふ、いや〜何回観ても笑える……」
 彼女いわく、いい大人が何人も井戸の底で、何故か実体化した幽霊と揉み合いになる様がシュールで笑えるそうだ。ティッシュで涙を拭いながら彼女が呟く。
「はぁ……最高……良かったぁ」
「褒めてたんだそれ」
 ホラー映画本来の楽しみ方とは違った楽しみ方をしているようだったので、貶しているのかと思っていた。
「私はホラー映画にシュールギャグを求めてるからね」
「制作陣からしたら最悪の顧客じゃない?」
 オカルト系でなら恐怖を感じるかも、と聞いていたのでワクワクしながら観ていたが、ちっとも恐怖という感情は理解できなかった。まぁ、テレビの中から急に女がでてきたら警戒はするかもしれないが。
「まあまあ、じゃんじゃん観てこッ!」
 どうやら先程の映画のおかげでエンジンがかかったようだ。誘ったときは渋々付き合ってやるか、みたいな雰囲気だったのに……。一応一本だけスプラッタも観ようか、と意気揚々とDVDデッキに自前のディスクをセットしてくれた。相当好きじゃん、ホラー映画。
 映画も終盤に差し掛かった頃、ポップコーンをつまみながらおもむろに彼女が口を開いた。
「血まみれの男性ってさぁ……」
「ん〜?」
「エッチだよねぇ」
「えっ……なに…………」
 所謂これがゾッとする、ということだろう。予想だにしない一言にボクは生まれて初めて恐怖を覚えた。当初の目的を達成したのである。一体いきなり何を言い出すんだこの子は。
「キミ、こういう筋肉隆々の理不尽暴力男がタイプなわけ?」
 画面内では、不幸な帰還兵が殺人鬼の振り下ろしたチェーンソーで真っ二つに叩き斬られたところだった。
「いや、そういう意味じゃなくて、なんていうんだろ」
 観賞用?うまく言語化できないな〜。そう言いながら彼女はすぐに画面へと意識を戻してしまった。よっぽど好きらしい。血まみれの男が。哀れな犠牲者の血液で画面が赤一色に染まる。
「ボク、なんか怖くなってきちゃったナ〜」
「えっ、今のシーン怖かった?」
 映画じゃなくて、キミが。そう言えたらどれだけ楽だったろう。正直もう、映画には飽きてしまっていた。スプラッタって本当に弱者が強者に嬲られるだけのジャンルなんだ。間違えて情報を消去しないように、ロックかけとこ。付き合ってくれている彼女には悪いが、思わぬ恐怖体験もできたことだし、早く終わってほしいとさえ願った。
「今更だけどもしかして、スプラッタ苦手かも知れない?」
 すこしだけ不安そうな瞳がこちらを覗く。それは仄暗い室内で、テレビからの赤がオーバーレイになって、通常よりも赤みがかっている。
「いい気分ではないのは確かだけど、フィクションだってわかってるから平気さ」
「あらま……そうだよねガンマたちは正義のヒーローだもんねぇ」
 理不尽な暴力はみてて気分良くないよねぇ〜、などと呑気にココアを啜る。さっきまで血まみれの男に性的興奮を覚えていた人間の発言とは思えない。人格が二つあるのか?「嫌なら、もう次のやつ観る?」という彼女の提案は、却下した。彼女の好きな作品の結末は、最後まで見届けたかったから。結果はろくなもんじゃなかったけど。エンドロールもそこそこに、時間的に次で最後かな、と彼女はオカルト系のディスクをパッケージから取り出して、デッキに飲み込ませた。



 端的に言うと、ホラー映画を観ることでは、まったく恐怖は感じなかった。ただ、幽霊という存在は、なんとなく気になった。流れ続けるエンドロールをぼんやりと眺めながら一人思考した。なぜ、人間の魂は幽霊になるのか?体を失ってもなお、生きている人間になにかを伝えようとするのって、上手く言えないけど、なんだかちょっといいな、と思った。
「人間って死んだらみんな幽霊になるの?」
「さぁね〜、そう考える人もいるね」
 私は違うけど、そう続きそうな調子の彼女の声が届く。
「もし、もしもだよ、ボクが壊れちゃったとしてさ――」
 言わない方が、良いことなんだろうな。そう思ってはいても、それでも声帯パーツは震え続ける。
「幽霊になってキミに会いに来たとしたら、どうする?」
 そもそも人造人間であるボクに、魂なんてものが存在するのかわからなかったけれど。リアリストの彼女には幽霊なんていないよ、と一刀両断されてしまうだろうか。食べ散らかしたお菓子のごみを片付けながら、彼女が答える。
「私は幽霊なんて非科学的なものは信じてないよ」
 やっぱり。思った通りの返答だが、少し寂しい。いつの間にかごみの処理が終わった彼女がボクの隣に座りなおした。きちんとボクと向き合って、この場に不釣り合いなほど艷やかな瞳がこちらを射抜く。
「けど、死んでからも私に会いにきてくれるのは嬉しいよ」
 ――なんだかロマンティックだし、二号の幽霊なら、いいよ。
 なんだそれ、矛盾してるじゃないか。ボクが何も返事ができない間に、彼女の華奢な指がボクの指にきゅ、と絡まっていた。
「ま、死なないで生身で会いに来てくれるのが、一番だけどね!」
 カラッとした笑顔が、なんだかさっきまでのボクの暗い空気を全部吹き飛ばした気がした。敵わないな。
「この体は機械ベースだよ」
「冗談が言えるようなら、もう平気ね」
 するりと指が解かれ、今度はそれが柔くボクの頬をなでる。
「大丈夫。二号はヘド博士の最高傑作だもの」
 だから、壊れるなんて言わないでよ。そういった彼女の声は、少し震えていた気がした。薄暗い部屋の中で、俯きぎみなその表情は窺い知れなかったけど。ちょっとの沈黙の後、彼女はぱっと顔を上げた。ニコッと背後に花でも咲いているかのような笑顔を浮かべ、それより、また一緒に映画観ようね!と言われ、次に観るならコメディ映画がいいな、と思った。


蛇足

――彼女は無事逃げおおせただろうか。
基地はセルマックスによってむちゃくちゃになってしまった。孫悟飯たちとの騒動の時点で、逃げてくれれば良いな、とぼんやり思った。
生まれて初めて見た地球は、青く美しかった。これから全エネルギーを使って敵に特攻しようというのに、やはり恐怖は感じなかった。
ついぞ今に至るまで恐怖を感じたのは、ホラー映画を鑑賞した時の彼女のあの一言でのみだった。
それはそれでどうなんだとは思うが、なってしまったものは仕方がない。
願わくば、キミに幸多からんことを。
彼女がホラー映画を、笑って楽しめる世界が、今後も続くといいな――
そう願って、ボクは対象へと向かって急降下を始めた。

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 映画の元ネタ
 殺人スシ/デッド寿司
 呪いvs呪い/貞子vs伽椰子
 月に魅入られた男/シャイニング
 怨念がおんねん/インシディアス
 応援上映濡れ場/ミッドサマー
 改造死体/武器人間
 井戸の底でわちゃわちゃ/貞子(2019)※幽霊
 と表現しましたが貞子は実体化した「呪い」です
 理不尽暴力男/テキサスチェーンソービギニング


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