うちにはサメがいる。大きなふわふわのサメだ。数年前某インテリアショップで見つけて、一目惚れして即連れ帰って、安直だがサメちゃんと名付けた。私はその子を毎晩抱きしめて眠りにつく。元々何かに引っ付いていないと寝付けない性分なのだ。その子はもう随分と年季が入って、くたくたになってしまった。そのくたくたさが、それはそれで心地いいのだが、そろそろ買い替えたほうがいいかなぁとも思うのだ。この話を何気なく二号にすると、じゃあボクがその子の代わりになってあげる、などと申し出た。
「え、なにプロポーズ?」
「まさか、こんな所でするわけないだろ」
 食堂での昼休憩中、私はラーメンを啜っている最中だったので、思わず噎せかけた。いくら私たちが付き合っていてそれが周知の仲であっても、こんなシチュエーションでは勘弁してほしかった。実際、勘違いだったけど。
 二号は食事を必要としないが、こうしてたまに私が食事している時にふらっとやってきては、おしゃべりをしながら、私を観察するのだ。
「明日は休日だろ?今夜キミの家へ泊まりに行かせてよ」
「ええ〜?今日〜?」
「サメちゃんの代わりを見事遂行してみせるから!」
「いやそういう問題じゃ」
 じゃ、外泊許可とってくる!
 そう言って二号は私の返事も聞かずに、食堂を飛びだしてしまった。
 うちのベッド、シングルベッドなんだけどなぁ。


「この子が、例の?」
「そう!くたくただけどかわいいでしょ〜」
 もう入浴も寝るための諸々の準備も全て済ませ、あとはもう寝るだけである。二号はヘド博士が用意してくれたというパジャマをゴキゲンに着ていた。
 私はベッドを占領していたサメちゃんをぎゅっと抱きしめて、ベッドに寝転ぶ。
「いつもはこうやって寝るんだけどね」
「けどその大役も、今日でお役御免ってわけだ」
 ひょい、と私の腕の中からサメちゃんが奪い取られる。誘拐犯のその表情は、なぜか勝ち誇っているかのようで満足げだ。
「この子にはソファで寝てもらおうか」
「あぁ……サメちゃん……」
 今日まで数年間いくつもの夜を共にしてきたのだ。急にさよならだなんてつらすぎる。
「ぅんん〜、やっぱりサメちゃんがいないと私……」
「だからぁ〜!!その為にボクが来たんだろ!」
 いまだゴネる私の横にするりと滑り込み、「はい、捕まえた!」と正面から私をかき抱いた。
「……二号冷たい」
「キミの体温で暖めてよ」
 少し暖かくなってきたとはいえ、春先の夜はまだまだ冷える。掛け布団を足元から肩まで引き上げてから、リモコンで部屋の明かりを消した。
「今更だけど人造人間って暖めても大丈夫なの?」
「日常生活で生じる程度の温度なら、全然へっちゃらさ」
「へぇ、なら遠慮なく」
 そうは言ったものの、狭いベッドに二人ぎゅうぎゅうになっているこの状態が、なんだか急に恥ずかしくなってきた。照れ隠しに黙って二号を抱きしめ返した。それだけで、なんだか気が抜けたのかどんどんと眠たくなってくる。
「子守唄でも歌おうか」
「ん〜……だいじょうぶ」
「そっかぁ、もう寝そう?」
「ぅん……」
「あ、アレ忘れてた」
「アレ?」
「おやすみのキス!」
 そう言って私のおでこにキスが数回降ってくる。なんだ、口じゃないのか、とぼやけた頭で考える。
「おやすみ、よい夢を」
「ん……お、やす、み……」
 ふにゃふにゃの私の言葉は二号に届いただろうか。お返しのキスもできないまま、私は夢の世界へと落ちていった。
 
 
 
 
 ボクの隣ですうすうと寝息を立てる彼女はどこまでもあどけない。柔い唇を親指の腹でなぞると、くすぐったそうに身動ぐ。いけない、あんまり触れすぎると起こしてしまう。
 ボクは睡眠を必要としない。充電式の人造人間だからだ。このことは彼女には伝えていないし、気づいてもいないだろう。一応、擬似睡眠状態になるスリープモードがあるけど、今夜は使わない。
 一晩中彼女の寝顔を堪能するために、ここに来たのだから。
 抱き枕の話が出たときは、誘ってるのかな、なんて思った。少し強引にことを進めたとはいえ、こんな簡単に家に招き入れるなんて、ちょっと不用心すぎないか?それだけ信頼されているということだろうけど。
 でも良かった断られなくて。たとえぬいぐるみであろうと、彼女とベッドを共にしている奴がボク以外にいるなんて耐えられなかったから。
 彼女のことは片時も離れたくないくらいに愛している。執着と言ってもいいかもしれない。こんな感情、スーパーヒーローとしてあるまじきものだろうけど。朝夜の通勤の送り迎えはもちろん、勤務時間中……は流石に無理だけど、それ以外で会えそうな時間があれば、すぐに会いに行く。ボクって歪んでるのかな。まぁ、なんだっていいか。
 人を疑うことを知らない彼女の首筋にひとつだけキスを落とし、もう一度しっかりと抱きしめ直した。

>> back <<