茹だるような暑さの中、涼を求めて平子は家の北側にある縁側にごろりと寝そべっていた。本をめくる音の他に時折風鈴がチリンと心地よい音を鳴らす。

「あぁ、こんなとこにおったの」

 本から視線を上げると、千代が湯呑みを持ってこちらを見下ろしている。

「ここ、うちんちでいっちゃん涼しい」

「そないなとこ寝そべってお行儀悪い」

 平子のすぐ横に座るとぽんぽんとお尻を叩いた。

「はい、喉乾いたかと思って」

「ん、ありがとうな」

 ちりんとまた風鈴が鳴る。緑茶を飲んでいると首筋の汗が鎖骨へと伝っていく。
 渡された濡れ手ぬぐいで汗を拭えば、空気がひやりと首筋に纏わり付いた。

「今日はえらいあっついわぁ…打ち水したけどすぐ乾いてしもうた。真子さん、髪の毛短かした方がええんと違う?」

「暑いから括っとるんやん。こないに綺麗な髪切ったら勿体無いやろ」

「それ、自分で言います?」

くすくすと笑いながら千代は平子の髪を梳く。平子は自分の金色が彼女の腕に流れるのを満足そうに眺めていた。
そうして、平子がこうされるのが好きだと、千代はよく知っている。

「一緒にここでゴロつこうや」

「えぇ〜…」

「はよ」

 ぽんぽんと自分の横を叩く。千代は少し困った顔で笑いながらごろりと寝転がった。

「あ、ほんまや涼しい」

「やろ?」
 
 ほんの少しひんやりとしたそよ風が頬を撫でる。千代は床板に顔をつけて、気持ちよさそうに目を細めた。

「うりゃっ」

「わっ、なっ、あつ!あっつい!」

 無防備な千代に隙ありと言わんばかりに抱き付いてみる。互いの体温が混じり合って、汗がぶわりと吹き出たが御構い無しだ。暑い、熱い、あつい。

「いだだ、抓るんナシ!ナシや!」

「ほんならその腕解いてもらえます!?」

「嫌や!っだ!ちょ!おま、本気で抓りなや!!そっちがその気ィなら…!」

「えっ、ちょっ!んっ、もっ、ふふっ、ふひゃっ、やめてっ」

 脇腹を思い切り擽れば、必死に身をよじる千代。バシバシと平子の腕を叩くが大して痛くもない。
 お互いに笑いながら息を乱して、ようやく平子が千代を解放する。恨めしそうな顔で平子を睨んではいるが、口元は笑っていて迫力に欠けていた。

「もう、子供みたいなこと」

「隙ありすぎる千代が悪いんや」

「汗だくなってしもたやないですか」

「オレもや」

 手元にあった手ぬぐいで額の汗を拭ってやると、薄ら開いた眼から色素の薄い翡翠色の瞳が穏やかにこちらを覗いていた。

「千代の目の色、綺麗やなぁ」

「ちょ、そないじっと見やんといて」

「ええやん、見してぇや」

「………っ、もう!ええでしょ!」

 千代は顔を真っ赤にして立ち上がる。平子はもう一度床板に頬をつけて、あぁぬるなってしもうたと不満を漏らしながらも嬉しそうに口元を緩めた。
 残る彼女の温度と、風鈴の音と、頬を撫でる柔らかい風。まだおってや、と彼女の浴衣の裾を引っ張れば少し拗ねた顔で隣にちょこりと座った。

「今日の晩ご飯何なん」

「鯵の開きとお味噌汁」

「なぁ、冷汁って知っとる?」

「なんです?それ」

「現世の北のほうの郷土料理やねんけどな、ご飯の上に〜焼いた魚ほぐしたんときゅうりと…茗荷と胡麻やったか?乗せて、味噌汁と氷かけるんやと」

「へえ」

 ごろりと仰向けになると、千代が扇子で扇いでいるのが見える。袖を引けば小さく笑いながらこちらにも風を送ってくれる。

「千代、そーいうん好きやろ」

「せやねぇ。なんやねこまんまみたいやなんて」

「「お行儀悪い」」

 声が揃うように平子も口を開けば2人して笑いが溢れる。何処までも穏やかな時間が愛おしくて、平子は千代の手を握った。

「今日はなんや甘えん坊なん?真子さん」

「ええやん、たまには」

 しょうがない人、そう笑う千代を抱き締めたくなったけれど、きっと暑いと言って怒られるのだろう。だから今は手だけ。
 茹だる暑さと蚊取り線香と風鈴。それから千代。満たされるとはきっと。
読む気のなくなった本を片隅に追いやって、千代の手に小さく口付ける。
どうしようもなく愛おしい。そんな心の奥底がむず痒い感情に気恥ずかしくなった平子は、誤魔化すように少し眠ることにした。