降谷に責められる

 胸倉を掴まれたのはいつぶりだろうか。ある程度の分別がつくようになってからは人を不快にさせないような言動も覚えたから、そんな機会とんとなかった。カッとなるような性格の人間が周りに居なかったのもあるが、とにかくこんなにもストレートに怒りをぶつけられたのは久しぶりだ。
「お前、知っていたんだろう!? 知っていながら、どうして」
 端正な顔が至近距離で歪んでいる。悔しそうに寄せられた眉と開ききった瞳孔。普段の彼からは想像もできない。負の感情が綯い交ぜになった表情をまとわせ、絞り出す声が頼りない。
「どうして、助けてくれなかったんだ」
 降谷はそう言ったきり、痛そうなほどに唇を噛みしめた。
「あんた、仲間思いだな」
 助けて“くれ”なかったんだ、なんて。まるで自分事みたいじゃんか。上向きの顎のまま、ニヤリとからかうように笑う。俺の襟を掴む腕に力が入った。
「俺たちだって、万能じゃあないんだよ、悪いけど」
 静かに言い放つ。俺まで感情的になったらいけない。
 降谷がはっと息を飲んだ。それからばつの悪そうな顔で視線を下げると、ゆっくり俺の首から手を離した。小さく謝罪が聞こえる。八つ当たりをした自覚はあったらしい。
 降谷の気持ちは分からないわけじゃない。俺だって、大切な仲間を守れなかった。後悔と、はがゆさと、ぐずぐずとした苛立ちはよく知っている。
「いーって」
 下を向いたままの降谷の肩を叩く。覗き込むようにしてニッカリと歯を見せれば、降谷も幽かに表情を柔らかくした。
「それより、今日はあんたが危ないみたいだけど? 最近身の危険ありすぎじゃね」
 軽い調子でそう言えば、降谷が勢いよく顔をあげて間抜けな声を洩らした。今日はレアな顔の特売日かな。
「どうしてそれを早く言わないんだ!」
 降谷が怒鳴った。いきなり大声を出すから、耳がキンとする。両手を耳に当てて迷惑そうな顔をすれば、むっとした様子で耳から手を剥がされた。
「慣れてると思って。べつに降谷なら心配ないじゃんか」
 唇を尖らせる。降谷の生命力は信頼している。ちょっとやそっとじゃ命までは持っていかれないだろう。
「お前……俺が死んだらどうする!」
「だーいじょうぶだって。そのための俺たちじゃん」
 降谷の腕をぐいと掴んで、路地裏に引っ張った。耳元でハロルドのカウントダウンが聞こえる。ゼロ、の音に合わせて先ほどまでいた通りに向けて引き金を引けば黒服の男が膝を抱えてのたうち回った。
「ちゃんと守ってあげるからさ、お姫さま」
 揶揄するようにウインクをすれば、降谷の眉がピクリと引き攣った。
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