ジンにベイプ

 ターゲットを無力化し、金は払わず目的のブツだけ回収をする。膝を抱えてのたうち回る様子はなんとも滑稽だ。可哀そうに。普段は吸わない煙草に火をつけ、ジュっと傷口に押し付けた。汚い男の断末魔が空を切り裂き、途絶える。おいおい、死んでくれるな。報復の意思を潰したいだけで、殺すつもりは無いんだ。
 男の呼吸を確認してから、ふうと自分も一服する。ごほっ。ひと吸いで咳き込んだ。あーあ、慣れないのにやるもんじゃないな。中身の半分以上残っている青い煙草の箱をカラカラと振る。それにしても、臭い。
「どーしてこんなもんが好きなのか」
 しゃがみ込んで箱を矯めつ眇めつする。ゴロワーズと書かれたそれはジンから隙を見てくすねたものだった。あのジンからスれるなんて、俺ってばなんて有能。代わりのプレゼントも置いてきたし、同僚想いの良いヤツだな。
カチャリ。
 適当に自画自賛していれば、背中に冷たく硬いものが突き付けられた。咄嗟に両手を上げる。煙草は持ったままだ。
「オイ、テメェ」
 地を這うような低い声がした。聞き覚えがあるその声は、いつにも増して不機嫌だ。
「大事な仲間にそれはないんじゃねーの? ジン」
「誰が仲間だ、アイリッシュ」
 吐き捨てられた台詞の温度に身震いする。おー、こわ。頭だけを動かしてそばにいるだろうウォッカを探す。彼はジンから少し離れた所でこの状況を見守っていた。
「見てないで助けてくれよー」
 心底困った風にへらりと表情を崩して叫んでみる。自業自得だろ、と素っ気ない返事が返ってきた。後ろのジンもフッと同意するように息を漏らす。
「えぇ、俺何かしたっけ?」
 仕事で失敗した記憶はないし、ノックだと疑われるような行動もしていないはずだ。必死に記憶を遡るが特にこれといった原因は思いつかない。
 俺が考えこんでいると、背中の銃が除けられる。おや、と振り返ればこれでもかという程に眉間に皺を寄せたジンが居た。
「テメェ、これはどういうつもりだ」
 その言葉と共に、ジンがポケットを探る。取り出されたのは俺がゴロワーズとすり替えたベイプだった。まさか、これのためだけに俺のところまで来たのか? ジンって案外暇してんだな。所謂電子タバコと呼ばれる類のそれは、しっかりと使用された形跡がある。
「あ、それ使ってくれたの?」
 一緒に贈ったリキッドの甘い匂いもする。ウキウキでそう尋ねれば、ジンの手にあったベイプは地面に叩きつけられ、ぐしゃりと無残にも踏みつぶされてしまった。あーあ、せっかくお高めのを用意したのに。勿体ない。
「気に入らなかった?」
「当たりめェだ」
 煙草よりも健康的で周囲にも優しいと思ったのに。口をすぼめて不満気にジンを見遣る。ウォッカがコツコツを革靴と鳴らして歩いてきて、ポンと俺の肩に手を置いた。慰めなんかいらねーよ。おい、今発信器でも付けたんじゃないだろうな。さりげなく確認したが、思い過ごしだったらしい。流石に警戒しすぎたかな。
「でも一回は使ってくれたんだ」
 揶揄うようにニヤリと笑って減らず口を叩けば、手元のゴロワーズを乱暴に奪い取られた。
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