SIDE == Bourbon 嫌な仕事が入ってきた。殺しだ。それだけでも気が滅入るのに、ジンのサポートだというから眉を顰めずにはいられない。仕事の連絡がメールで良かった。表情を取り繕うのに苦労しそうだから。 それにしても珍しい。ここのところジンは同じターゲットを殺し損ね続けているらしく、それで今回自分にヘルプの要請がきたのだ。あのジンが、と顎に手を当てて考える。僕の助けなど借りたくないだろうに。ターゲットはそんなに手ごわい相手なのだろうか。 タブレット端末を起動して資料を眺める。写真を見る限りひ弱そうな男だ。経歴や特技を探ったが、お世辞にも身体能力が高いとは言えない。典型的なサイバーオタクで、特筆すべき点と言えばインターネットセキュリティに強いという所だろうか。もっとも、それが仇となり組織に狙われているわけだが。好奇心は猫をも殺すというのは、どうやら笑ってばかりはいられない諺らしい。 とてもじゃないが、この男が組織からの刺客をそう何度も撃退できるとは思えない。ふむ、と小さく声をあげた。決行は明日だ。それまでにもう少しターゲットについて知っておこうと液晶を軽く叩いた時、コール音がした。指を滑らせて応答する。 「オレだ」 もしもし、と答える間もなく威圧的で不機嫌な声が耳に入った。ジンだ。明日について言っておきたいことでもあるのだろうか。聞けばその通りのようで「しくじるなよ」と自分の事は棚に上げ偉そうな口を叩く。それから簡潔に作戦について話した後、一方的に切ろうとするので慌てて声をあげた。 「少々聞きたいことがあるのですが」 「手短にしろ」 「今回のターゲット、そんなに逃げ足の速い奴なんです? あなたが何度も殺し損ねるほどに」 問うた瞬間、舌打ちが飛んできた。後半の煽り文句が効いたらしい。それでもきちんと答えは返ってきて、得られた情報に口角を上げた。 「ほほう、それは興味深いですね」 電話を切って細く息を吐く。ターゲットを守るように、毎度起こるアクシデント。スナイパーがいつのまにか伸されていたり、仕掛けた毒が一般人の清掃員に回収されてしまっていたり、爆弾が不発に終わったりとバリエーションは豊富らしい。よほど悪運が強いのか、何者かがターゲットに加勢しているのか。前者だとすれば、その運はもう尽きてしまうのだろう。何しろジンが直々に手を下す決断をしたようだし、僕だって手を抜いてやるつもりは無い。同情はすれども大義のためだ。 翌日の日もどっぷりと暮れた頃、適当な駐車場に車を止めてネットカフェへ向かった。ターゲットを特定の個室へ誘導しておき、ジンへ彼の様子を伝えるのが僕の仕事だ。 臨時アルバイトとして接客をしていれば、ターゲットが入店した。特にこれといった問題もなく個室へ案内する。個室に取り付けた小型カメラで彼が寛いでいるのを確認し、ジンへ報告した。あとは、もうしばらくで出来上がるだろう死体の処理だけだ。 簡単すぎて拍子抜けする。 「なあ、ゲロの処理ってどーすりゃいいの?」 「……え?」 自分の仕事が終わり、気を抜いていたのだろうか。背後から突然話しかけられ、間抜けな返事をしてしまった。振り返れば軽薄そうな男が困ったようにヘラリと笑っている。ネームプレートを見れば、α・βと書いてあった。 「俺、今日からのバイトでさ」 随分と流暢な日本語だ。僅かに感心しながら「実は僕もなんです」と返す。彼は驚いた表情をすると、唇をすぼめて肩をすくめた。何故だかそれが、妙にひっかかる。どこも可笑しなところは無いはずなのに、自然すぎる仕草が芝居に見えて仕方なかった。 彼は、清掃しようとした部屋が大変なことになっているのだとターゲットの入った隣の部屋を指す。ジンが潜んでいるはずの場所だ。微妙に跳ねあがった眉と心拍を誤魔化してβさんへ笑顔を向けた。 「では、僕がやっておきましょうか。掃除は得意なんですよ」 「ほんと? ありがとう、助かる!」 彼はニカっと口を弧の字にすると、両手を合わせて僕にお礼を言った。一般人を巻き込むわけにはいかない。万が一、ジンに鉢合わせでもしたらと思うと恐ろしい。 彼の差した個室に入る。たいして広くもないそこは、大人三人が入れるかどうかの面積しかない。幽かに独特な臭いがする。しかし、ぱっと中を見渡しても吐瀉物どころかティッシュペーパーすら落ちていなかった。不審に思って、もう一度βさんに確認しようとドアへ手をかける。 しかし、開かない。しまったと思った時には遅かった。独特な臭いが強まっていく。咄嗟に鼻と口を覆っても大した効果は無かった。頭が揺れて、ガクリと膝をつく。 「だから、大変なことになってるって言ったろ」 遠くなる意識の中、βの台詞が聞こえた。まるで悪いことをした子供を窘めるような声だ。悪態をつく余裕もなく、目の前が真っ暗になった。 気が付けばスタッフルームのソファに転がされていた。勢いよく立ち上がって周囲を見回す。当然、α・βの姿は影も形もなかった。急いでジンに連絡をとればいつにも増して不機嫌で、ああ失敗したのかと頭を抱えた。 「あの野郎、自殺しやがった」 ジンの言葉に手が冷たくなった。そんなはずはない。どういうことだ。詳細を聞きたくとも既に通話は切れていて、かけ直してもきっと繋がらないだろう。今夜の事は成功とは言えないが、結果的にターゲットが死んでしまえばジンにとってはそれで仕舞いだ。 だとすればあの男、一体どうして僕を。唇を噛んで思考を巡らせる。 急いであの男について調べようとネットカフェを飛び出した。α・βが本名かは分からないが、大きな手掛かりだ。絶対に、お前の正体を突き止めてやる。 |