風見とおふざけ

 降谷は端末越しに誰かと通話しているようだった。もはや恒例行事というように彼の命を救ったばかりだ。ハロルドの口から降谷の名前が出たのはもう何度目か分からない。つまりはそれだけ命の危機に瀕しているわけで。そりゃ慣れもするだろうとは思うが、少々肝が据わりすぎじゃなかろうか。
 廃ビルの壁に背を預けて空を見上げる。茜色だ。綺麗だな、なんて惚けた感想をハロルドに洩らせば鼻で笑われた。
「――ああ、頼んだぞ」
 降谷が通話を終えたようだ。視線を空から戻してポケットを探る。ああ、あった。車のキーだ。ポケットの中で掴んだそれをひょいと降谷に投げ渡す。なかなか綺麗に放物線を描いて飛んだものだ。シャリンと金属音がしてキーは彼の手中に落ちた。
「これは?」
 降谷はキーと俺を交互に見て怪訝な表情を浮かべる。
「愛車のキーだよ。あんたの」
 ニッと笑って見せればあからさまに嫌な表情をされた。お前だったのか、と顔に書いてある。今日はあの車を使われるわけにいかなかったので、少しの間だけ拝借させてもらったのだ。悪いとは思っていない。俺にスられる隙を見せた降谷が悪い。それでよく公安が……いや、やめておこう。
 ブロロと遠くからエンジン音がして、近くで止まった。次いでパタリと車のドアが開閉する音。俺はハロルドに何も頼んでいないので、降谷が誰か呼んだのか。目で問えば頷かれた。足音は小さいが、誰かがこちらへ来る気配がした。
「降谷さん」
 生真面目な声が反響した。カッチリとスーツを着込んで正された姿勢に、思わず「へえ」と声が出る。良いヤツそうだな、と直感した。
「今日は足が無くてな。コイツのせいで」
 降谷がこちらを見た。キーを拝借したことを言っているらしい。肩をすくめて小さく笑う。ついでに口笛でも吹いてやろうか。
「返したじゃんか」
「たった今だろ。窃盗罪だぞ」
「違法捜査のプロがよく言うよ」
 へへ、と二人とも半笑いで軽口を言いあう。そんな俺たちの様子に目の前の男は呆気に取られているようだった。
「あの、こちらの方は」
 探るような視線を向けられる。とりあえず自己紹介でも、と右手を差し出した。
「α・β。訳と縁がいろいろあって降谷と仲良くやってる。よろしく」
「風見裕也です」
 握手は受け入れてもらえたが、名前しか名乗ってはくれなかった。警戒心が強いのはいいことだが、ここで一つ毒気を抜いてやろう。とびきり口角を上げた。
「カミーユ? 女の名前なのに……なんだ男か」
 見下すようにしてどこかで聞いた台詞を言い放つ。隣にいた降谷が「は?」と困惑していた。当然の反応だろう。風見の方も大方同じような反応だろうと様子を伺えば、たっぷりと一呼吸置いたあと予想外の言葉が返ってきた。
「カミーユが男の名前で何が悪い」
「えっ」
「えっ」
 俺と降谷の驚き声が重なる。それからしばらくの沈黙。天使が通ったというのだったか。誰も口を開かない空間は苦手ではないが、最初に言葉を紡いだのは俺だった。
「もしかして、もしかしたり?」
 ずいと一歩踏み出して顔を近づける。至近距離でまじまじと見つめていれば、堅物そうな表情がふっと緩んだ。
「そのようですね」
 彼とはいい友達になれそうだ。
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