食料・化粧品の買い出しついでに、少し良い酒でも買うかと米花町内のショッピングセンターまで来た。沖矢昴をはじめてからしばらく経つが、ここへ来るのは初めてだった。休日の昼過ぎということもあり、立体駐車場に止まっている車はすこぶる多い。なんとか空きを見つけて駐車した。ふと隣の駐車スペースを見遣れば、見覚えのある白いFDがあった。もしや、と一瞬敵に回したくない男の顔が頭を過る。しかしそうそう無い車種とはいえ、多忙な彼がこんなファミリー向け商業施設になどいるはずもない。別人の持ち物だろうと当たりをつけて駐車場を去った。

 まずは、嵩張らないものから購入するべきか。ここには変装用の化粧品売り場もあるはずだ。目当ての店はどこだろうかと案内板を探すが、見当たらない。こういうものは、エスカレータの前など見つけやすい場所にあるものではないのか。広いモール内を片っ端から見ていくのが面倒なので、丁度通りがかった女性に声をかけた。
「あの、すみません」
 女性は気が付かなかったようで、自分の目の前を通り過ぎようとしている。無視をされているわけではなさそうだ、と丁度目の前に来た時に肩を叩いた。
 女性の視線がこちらを向いた。はい、と控えめな返答が聞こえる。綺麗な顔と声だと、素直にそう思った。だがそれ以上特に感じることもない。案内板の場所と、ついでに目的地はどこかと尋ねる。女性は柔らかく笑うと「分かりづらいですよね」と丁寧に教えてくれた。
「xx! なかなか戻って来ないので心配しましたよ」
 こちらもお礼を言って別れようとしたとき、彼女の連れらしき男性が遠くから走ってやってきた。特徴的な外見は、まさしく先ほど白いFDから連想した通りだ。彼――安室透はxxと呼んだ女性を抱き寄せると、こちらを睨みつける。
「これはこれは、ご無沙汰しております、沖矢さん。僕の恋人に何の御用で?」
「安室さん、でしたか。いえ、彼女には少し店の場所を聞いただけでして」
 ね、と隣の彼女に同意を求める。彼女が肯定の言葉を紡ぐのと、安室くんの眉間に皺が寄ったのは同時だった。後者には気が付かないふりをして続ける。
「xxさん、とおっしゃるのですか。申し遅れました。沖矢昴です」
 ニコリと愛想よく笑って自己紹介をすれば、相手の方も律儀に名乗ってくれた。xxxxというらしい。安室くんが彼女を庇うようにして一歩前へ出た。こちらが彼女に危害を加えるとでも思っているようだ。後ろで守られるようにしている当のお姫様は申し訳なさそうにこちらを見ている。どうやら本望ではないらしい。
「xx、この男の名前なんて覚えなくてもかまいませんよ」
 そう言って優しく彼女の方を振り返った。赤井秀一ならまだしも沖矢昴のはずであるのに、どうしてこんなにも嫌われているのか。ええと、と気まずそうに視線を彷徨わせる彼女へ「気にしていない」という意味を込めて笑みを深くした。途端にまた安室くんがうるさく吠える。
「肩に触れるだけでなく、まだxxに何かする気で?」
 感情的に問われ、ホーと口癖が漏れた。確かにはじめ、彼女を呼び止めるために肩を叩いたが、どうして彼がそれを知っているのだろうか。遠くから見ていたのであれば、この男の様子からしてすぐに飛んでくるはずだ。今更になって威嚇するはずがない。
 それに、ひっかかるのは安室くんの第一声。「なかなか戻って来ないので」と確かに彼は言った。自分が彼女を引き留めていた時間は数分にも満たなかった。もしかしたら声をかける前に何か時間のかかることがあったのかもしれないが、第一声を聞いた時の彼女は意外そうな、困ったような表情をしていたように思えた。ともすれば安室くんは中々の短気か、沖矢昴がxxxxに接触したことを知って飛んできたかのどちらかなのだろう。
 揺さぶってみるか。意地の悪い質問をしようと口を開きかけたところで、xxさんが安室くんの顔色を窺うようにして声をかけた。
「安室さん、私少し疲れてしまったみたいです。あそこのカフェに行きませんか?」
 くい。可愛らしく袖を引かれて、安室くんが相好を崩した。それに安心したようにxxさんは息を漏らす。自分の価値をそれとなく理解している、中々の策士らしい。
「では、僕たちはこれで」
 安室くんが綺麗な笑顔で傍を通り過ぎていく。こちらも「ええ、また」と分厚い仮面で返したが、彼の半歩後を歩いていた彼女の表情がどこか気になった。恋人に甘えるような顔ではない。ハニートラップの女だってもう少しうまくやるはずだ。安室くんは恋人だと言い張ったが、xxさんの方は恋情の色が薄く、僅かに接待めいた仕草も気がかりだった。
 気が付けば、安室くんに気が付かれないようにそっと彼女へ囁いていた。
「何か困ったことがありましたら、ぜひこちらへ」
 安室くんの方を見ながら、暗に“彼の事で”と台詞の前に付け足す。沖矢昴の連絡先が書かれた紙をそっと握らせた。ナンパではありませんよ、と冗談めかせば彼女は小さくお礼を言って離れていった。
 ほんの気まぐれで教えた連絡先から、後日xxxxとの接点が増えることは、この時には予想もしていなかった。同時に、安室くんから彼女を助けるヒーロー気分に浸り、徐々に彼女へ惹かれていくことも。


沢城さま、リクエストありがとうございました。
大好きと言っていただけてとても嬉しいです。私も読者様に褒めていただくのが大好きです。これからもよろしくお願いいたします。

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