真純ちゃんは、私のことが好きらしい。おそらくは。
 彼女が転校してきた初日のこと。真純ちゃんと同じクラスだった私の席は、彼女と遠くもなく近くもない距離にあった。教師の隣で自己紹介を済ませた彼女は、与えられた自分の席に着く時、確かにちらりと私を見た。それだけなら、偶々だろうと気に留めることもなかったのかもしれない。
 お昼休み。転校生というのは、どうしても気になるものだ。だから蘭ちゃんと園子ちゃんに混じって、三人の会話に加わった。
「私、xxxx。よろしくね」
「よろ、しく」
 それが最初に交わした言葉だった。その頃から妙にそわそわと落ち着かない様子で、真純ちゃんはぎこちなく返事をした。
 はじめは、苦手に思われているのかもしれないと思った。色素の薄い、波打った長い髪。はっきりとした顔立ち。白く陶器のような肌。背は平均ながらも八頭身。昔から目立つ容姿だった。すこし、ナルシストなのは自覚している。しかしせっかく両親が綺麗に産んでくれたのだからと、帝丹高校の生徒にしては派手に着飾っていた。ノーメイクで制服をきっちり着こなす生徒が多い中、それなりに化粧をしてアレンジした制服をまとう私はちょっぴり浮いていた。よくつるむのはやはり似たような見た目の女の子たちで、先生たちからスカート丈で頻繁に注意を受けるような、そんなグループだ。だから、蘭ちゃんみたいな清楚系美人と仲が良い真純ちゃんは、私とは距離をおきたいのかもしれない。そう思った。
 それから数分、なんでもない話題に耳を傾けていれば転校生へのちょっとした好奇心は満たされた。会話も早々に切り上げて仲のいい子たちの元へ戻ろうとする。「じゃ、またね」と後ろを向いたとき、パシリと左手首に手のひらが触れた。真純ちゃんだ。不思議に思って彼女を見れば、当の本人は自分でも驚いた表情をしている。蘭ちゃんたちもきょとんとしていた。
「どうかした?」
 くるりとスカートを翻し、真純ちゃんを覗き込むようにして尋ねる。そうすれば彼女はじわじわと耳を赤くして、目を泳がせた。なんでもない、ごめん。しどろもどろに紡がれた言葉のわりには、手首の熱が離れる気配もない。困ったように笑って、左手を挙げる。真純ちゃんは慌てて、ぱっと手を離し、ホールドアップの姿勢をとった。今度こそ背を向けて仲間の元へ向かう。そんな私を、真純ちゃんがじっと複雑そうに見つめていたのは知る由もなかった。


 ファーストコンタクトからしばらくたった今でも、真純ちゃんの様子はあまり変わらない。私に話しかけてくる頻度は多いのだが、会話が続くことは多くない。大抵は一言二言、すぐに忘れてしまうような内容だ。そのくせ、つい先日交換した連絡先からは頻繁にメールが届く。媒体越しでは饒舌らしい。何度かデートのお誘いまでいただいている。いや、ただ一緒に買い物へ行くだけで、デートだなんて単語は一度もでていないのだけれど。
 前回のお誘いは予定が合わずに断ってしまって、悪いことをしたかな。断った翌日、どこか落ち込んだ様子だったのは私のせいではないと思いたい。……やっぱり、私のせいなのだろうな。いつもより気を使って声をかければ「ボクのことが嫌ならそう言ってくれよ!」と涙目でそう言われてしまった。フォローをするのに意外と苦労したものだ。うーん、これでは好かれていると自惚れるのも無理はないはずだ。

 日曜の午前十一時。遅れることなくぴったり待ち合わせ場所へ向かえば、既に真純ちゃんの姿があった。熱心に携帯を見つめていて、こちらに気付く気配はない。私服姿を見るのは初めてではないが、今日もまた随分とボーイッシュな衣装が様になっているなと感心した。
「おはよ。ごめんね、待った?」
「ああ、いや、ボクも今来たところ、だから」
 ひょこり。携帯と真純ちゃんとの間に、覗き込むようにして頭を下げた。真純ちゃんはぱっと顔を上げると、慌てたように携帯を仕舞いこむ。誰かとメールでもしていたのだろうか。特に気にすることもなく、そっか、と安堵して笑った。
 今日の予定は、お昼ごはんのあと私の家で映画鑑賞やゲームをして、そのままお泊りだ。他の友達とお泊り会をする時には、始終ファッションや恋愛の話をして終わる。深夜まで高いテンションで騒ぐのも嫌いではないが、真純ちゃんとはもっと違ったことができそうだ。楽しみだね、と隣を歩く真純ちゃんに声をかければ照れたように肯定の言葉が返ってきた。
 相変わらず面と向かっての会話は少ない。これでも最初よりは口数が多くなったものだ。特に沈黙が多いわけでもなく、ぽつりぽつりと他愛のない言葉を交わしながら食事を終えた。気づけば、真純ちゃんは私の分まで会計を済ませようとしていた。慌てて席を立ち、レジまで行って止める。
「ね、自分の分はちゃんと払うよ」
「でも今日は家に泊めてもらうんだから、ここはボクが」
 真純ちゃんは勝手に財布からお金を取り出し、店員さんに「これで」と渡してしまった。店員さんは微笑まし気にこちらを見ている。緩む口元で「素敵な彼氏さんですね」なんて言われてしまっては、もう自分で払うなんて言えない。その代わりに訂正することが増えた。真純ちゃんは女の子なのだけれど。否定しようと口を開く前に、真純ちゃんの手が私の肩に伸びた。
「だろ?」
 得意気にそう言って、真純ちゃんは私を軽く抱き寄せる。空いている手でレシートを受け取っていた。何のつもりだろう。男の子に間違われるの、嫌じゃないのかな。不思議に思っている間に、真純ちゃんは私を連れて店を出ていた。肩に回された手はそのままで、少し歩きづらい。
「カップルに間違われちゃったね」
 顔色を窺いがてらそう言うと、真純ちゃんは複雑そうな顔をした。形だけの相槌を打って、それから口をとがらせる。
「もうちょっと、スマートにできるはずだったんだけど」
 小さな声で呟かれた台詞に、思わず「え?」と聞き返す。じっと彼女をみつめていれば、なんでもないとそっぽを向かれてしまった。同時に歩きづらさからも解放される。詳しく聞こうとしても、それ以上喋る気がないようで、結局そのまま話題を変える他なさそうだ。仕方なしに、映画は何を観ようかと尋ねた。
「そうだなー、ボクは何かワクワクするような事件が起こるやつがいいけど……xxは、恋愛ものとか好きそうだよね」
 渡りに船だという様子で、真純ちゃんは答えた。恋愛ものは確かに好きだが、今日は別の物を観たい気分だ。素直にそう言えば、じゃあ、と真純ちゃんは目を輝かせておすすめの映画タイトルを何本か挙げていく。見事に聞いたことのないタイトルばかりだ。語尾に殺人事件だとかミステリーだとかがもれなく付いている。
「時間はたっぷりあるから、一つに絞らなくてもいいよね」
 今の時代、便利なものでわざわざお店で借りずともネットを通して映画が見られる。故に家に帰ってからじっくりと決めればいいのだ。この際気になるものは全て観る勢いで、と真純ちゃんに笑いかけた。


 ママが用意してくれていたご飯も食べ、お風呂も済ませてから二人してごろんと横になった。パパもママも、今日は旅行でいない。いたずら心で「ふたりっきりだね」とハートマクをつけて飛ばせば、真純ちゃんはあからさまに動揺した。もう、事前に伝えてあったでしょ。くすくすと肩を揺らせば「からかうなよ!」と拗ねられてしまった。
「真純ちゃんはさ」
 ひとしきり彼女とのお喋りも楽しんだところで、くるりと寝返りを打った。真純ちゃんには背を向けている形になり、顔は見えない。暗い室内。夜は更け、日付も変わっている。深夜特有のハイな気分。日頃、少しだけ言いづらい、気になっていたことを尋ねるには良いシチュエーションだ。
「私のこと、どう思ってるの?」
 しっかりとそう訊いてから、言い方を間違えたと思った。苦手に思われていないか、確認したかっただけだ。これでは煮え切らない彼氏候補に告白をせがむみたいではないか。うわあ、恥かしい。訂正するべく振り向こうとする。その前に、真純ちゃんが話し始めた。
「ボクだってわかんないよ」
 普段聞かないような、苦しげな声色に驚く。思っていた返答と違うので、途中までうった寝返りも元に戻す。学校を休んだ友達に「大丈夫、風邪?」と軽い気持ちで尋ねて「ううん、忌引き」と返ってきたような気まずさだ。真純ちゃんの、若干震えの混じる声が部屋に響いた。
「xxのことは好きだけど、どういう好きなのか、わかんない」
 完全に振り向いて訂正するタイミングを見失ってしまった。何も言わない私に、真純ちゃんは続ける。
「わかんないけど、最初に見た時から“この子はボクが守らなきゃ”って思ってた。お姫様を守る王子様みたいに。変だよね、お互いのこともよく知らないのにさ。一緒にいると、すごく幸せな気分になる。でも胸のあたりがざわざわして、落ち着かないんだ。たくさん笑わせたいのに上手く話せなくて、xxの事が知りたいのに頭の中が真っ白で質問もあんまり思いつかない。一緒に居ないときでも、今何してるのかな、他の子と遊んでるのかなって気になるし、気付けばxxのことばっかり考えてる」
 背中の首筋に近いところに、何かが当たった。真純ちゃんの額だろうか。そこだけが僅かに温かくなる。それからきゅっとパジャマの裾が引っ張られる感覚がした。とくとく。喉のあたりで、自分の脈を感じる。
「これじゃ、君に恋してるみたいだろ。ボクも君も、女の子なのにさ」
 同級生の男子に告白されるときとは、また違う緊張感が身体を包んだ。室内は快適な温度のはずなのに、じわりと汗が滲む。どうしてだろう。私も、真純ちゃん相手にこんなにドキドキしている。何か言わなければと思うのに、開いた口からは何もでてこなかった。


塩さま、リクエストありがとうございました。世良ちゃん夢、ずっと書きたかったんです。ありがとうございます。
性癖を勢いで形にしただけなのですが、ハニーフェイスの安室さんで幸せな気持ちになっていただけて嬉しいです。今後ともよろしくお願いいたします。

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