人生で何度目か分からない告白をうけ、丁度彼氏もいないことだしまあ良いかと了承したのが一カ月前。名前もうろ覚えの同期だったが、よく見れば顔も好みだしこれから好きになっていけば良い。そう思って何度かデートを重ねた。
「ごめん、やっぱり別れて欲しい」
繋がった電波を介して、彼氏の声がした。ともすれば電話越しに聞こえる街の騒音に掻き消されてしまうような小さな声だった。いきなり、どういうことなの。理由も明かされず理不尽に振られたことで頭に血がのぼる。携帯電話を耳に押し当て問いただしても、はぐらかされるばかりだった。彼氏は私にひとしきり謝って、一方的に通話を切った。
はあ。誰もいない階段の踊り場でため息をつく。壁に背を預けて目を閉じれば、ひんやりとした空気が一層胸に染みた。振られるのは慣れている。いや、慣れたと言った方が正しいか。就職してから、告白されては振られての繰り返しだ。一体私の何がいけないというのか。誰一人としてきちんと理由も言わず、ただ関係の終わりを告げるばかりで嫌になる。だいたい、私を好きだと言ったのは向こうだったはずなのに。
携帯の画面を見つめ、表示された彼氏とのやり取りに何かターニングポイントがあったのかと探していれば、コツコツと階段を下りる革靴の音が聞こえてきた。顔を上げる。降谷さんだ。ついさっき振られた怒りと悲しみも吹き飛び、ぱっと顔を輝かせて笑みを向ける。
「降谷さん! お疲れさまです」
「ああ。こんなところに突っ立って、どうしたんだ?」
いつも通りスーツを素敵に着こなした降谷さんは、私の目の前まで来ると立ち止まった。降谷さんには、配属当初からお世話になっている。昼夜問わず職務を全うし、国の治安の為に奔走しているらしい。私の最も尊敬する人だ。
曖昧に笑って誤魔化そうとする。降谷さんの視線が、私の携帯電話に留まった。
「さては、また振られたな」
ニヤリ。意地の悪い顔で降谷さんは口角を上げた。そんな顔でもキラキラして見えてしまうのだから、イケメンはずるい。
まだ何も言っていないのに、どうして分かってしまうのか。きっと常人には備え付けられていない観察眼と頭脳をお持ちなのだろう。感心すると共に、少しだけ恥かしくなった。彼氏ができては振られるたび、降谷さんにはこうも悟られてしまう。
「ええ、まあ」
眉を下げて肯定する。何がだめなんでしょうね。そう言って目を伏せれば、降谷さんが小さく笑った。そうか、彼にとっては笑いごとなのか。尊敬する上司を楽しませられるなら、振られた甲斐くらいはあっただろうか。なんて一瞬、おかしなことを考えてしまった。
「じゃあ今度は、俺と付き合ってみないか? 後悔はさせない」
あまりの不意打ちで、耳を疑った。ツキアッテミナイカ、と言っただろうか。付き合う。誰と? ……降谷さんと? パチパチと何度も目を瞬かせる。何度確認しても、目の前で大人の余裕というやつを漂わせているのは降谷さんだ。この場にいるのは、彼と、私だけ。
「勿体ないお言葉です。お気持ちだけ受け取っておきます」
考えるよりも先に、口が動いた。
+++
確かに好意を滲ませながらも、俺の告白を丁寧に断ったxxに眩暈がした。俺への好意の正体が敬愛だというのは知っていた。それでも傷心に付け入る隙くらいはあるだろうと踏んでいたので、せっかくこの日のために準備をしたというのに。本気で惚れた相手とは、こうも上手くいかないものかと驚く。
「降谷さんなりに、元気づけてくださったんですよね。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、xxは階段を下りて行った。仕事に戻るのだろう。どうやら冗談だと結論付けたらしい。こちらとしては一世一代の告白だったわけだが、言い方が悪かっただろうか。去っていくxxの華奢な後ろ姿を眺め、くしゃりと自身の髪をかき上げた。
守ってあげたくなるような、儚い美人。xxxxは、警察庁の男たちの間でそう噂されていた。見た目だけならその通りだ。しかし中身はというと、死体を見ても悲鳴の一つも上げないようなメンタルの持ち主である。力こそないものの、獲物の扱いだってそれなりだ。
そんな見た目とのギャップに惚れる馬鹿な男は多い。俺もそのうちの一人なわけだが。お陰で俺は彼女に恋人が出来るたび、探り屋として鍛えた手腕を遺憾なく発揮し相手の弱みを握るはめになる。もっとも、弱みの使い道なんざひとつしかない。
「xxxxと今すぐ別れろ、さもなくば」
何枚かの写真や文書と一緒に匿名でそう知らせてやれば、どいつもこいつも震えあがって言いなりだった。xxと何かを天秤にかけて、前者を迷いなくとれない男にxxは任せられない。今回は骨のある方だと思ったが、結局一カ月しかもたなかったな。なんて不満気に思ってみても、もたせる気なんて更々ない。最終的に彼女の隣にいるのが俺ならば、どうだって良いのだ。
今回は見事に失敗したが、次こそは。そうだ、xxを命の危機から助けるヒーローにでもなってみようか。最高のつり橋効果になるだろう。ふと窓を見れば、暗い笑みを湛えた男を反射していた。
リクエストありがとうございました。
送っていただいた主人公設定を網羅できているでしょうか……
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