※組織の一員設定

 列車が与える振動に身をゆだね、窓の外をぼんやりと眺める。室内が明るいお陰で、夜道を映してはくれなかった。代わりに反射される自分の顔と周りの風景にそっと眉を顰めた。
 何だってこんなところにいるのだ。いいや、上の命令とはいえ自分の意思でここへ来たのだから、状況を理解していないわけではない。ただ少し不服なだけだ。
 どこかの財閥が所有しているらしい寝台列車の食堂。それなりに値が張るようで、それを主張するようにインテリアが一々その絢爛さをアピールしてくる。仕事の一環でなければ、そして未だ出会わぬ素敵な恋人と一緒であったならば天にも昇る気持ちだっただろうに。
 夢を見るも、現実はたった一人で寂しく業務に励むしかない。とはいえ、その業務もとうに終えてしまったのだ。列車にちょいと爆発物を仕込んだり、連結部が脆くなるような細工をしたり、その他諸々。最近やっとコードネームを貰えたというのに、待遇が改善された気がしない。話し相手くらい用意してくれても良かったのに。
 頬を膨らませ、ワイングラスの淵をなぞる。グラス越しに、男が映った。褐色の肌をした、金髪の男だ。身なりからしてウエイターだろうか。変だな、今まで気が付かなかった。
 小さな違和感に首を傾げ、ウエイターを注意深く見る。気付かれないように、そっと――ああもう、目が合った。不自然にならないよう、にこりと笑みを浮かべる。ウエイターも営業スマイルを湛えてこちらへ向かって来た。注文か何かだと思ったらしい。
「お伺いいたします」
 腰を低くして、彼は言った。なるほど、近くで見ると端正な顔が一層輝いて見える。
「あなた、お仕事はいつ終わるのかしら?」
 気が付けばそんなことを口にしていた。ナンパじみたことをする予定は無かったが、まあいい。何せ列車が目的地へ着くまでの十時間、暇をもて余しているのだ。ウエイターはぱちりと一度目を瞬かせると、業務終了時間を教えてくれる。慣れているのか、あるいは逆に擦れていないのか、やけにあっさり教えてくれるものだな。そんなことを思いつつ、異性には好評だと自負している瞳で彼を見つめる。
「じゃ、終わったらここへ来てくださらない? いいでしょ、ね」
 ゆっくりと唇を動かしながら、自分のコンパートメントをメモして渡す。ウエイターはそれを拒否することなく、ふわりと口元を緩めて受け取った。その表情に思わず呼吸が止まる。よくもまあ、そんなに女性を喜ばせる方法を知っているものだ。冷静に分析して感心しながらも、高鳴った胸は誤魔化せなかった。
「では後ほど」
 耳元でそう囁いて、ウエイターは離れていった。視界の端でとらえた顔は見事に緩み切っていて、思わず嚥下する。警戒心がないのか、無いようにみせているのか。きっと後者なのだろう。そうと推測しつつも、期待で熱くなった体はそう簡単に冷めなかった。

 お酒もほどほどに、自身のコンパートメントへ戻って彼を待つ。部屋は乗車したときのまま、綺麗に片付いている。散らかる程の荷物が無くて良かった。それと、シャワー室付きであることに感謝しなければ。軽くシャワーを浴びて身支度を整えていれば、コンコンとノックの音が響いた。彼だろう。疑いもせずにバスローブ姿で扉を開ける。案の定、目の前には先ほどのウエイターが立っていた。
「いらっしゃい、待っていたわ」
「あなた、その恰好……僕以外だったら、どうする気だったんです?」
 チェーンロックを解除して、彼を部屋へ招きいれる。若干呆れを滲ませた彼は、ネクタイを緩めて室内のソファへと座った。他の誰がくる予定もないし、誰が来たとしても問題はない。人に見せても恥ずかしくない体を維持しているつもりなのだ、これでも。
 彼の問いには微笑みで返して、優しくその髪へ触れる。見た目よりも存外柔らかい。その感触を楽しんでから、耳元へ口を寄せる。
「あなたのこと、なんて呼んだらいいのかしら」
 ゆっくりと膝の上へ跨り、手のひらを重ねた。座高の関係でやっと目が同じ高さにくる。意識的に潤ませた瞳を滑らかに伏せて、それから徐々に視線を上へもっていった。みじろげば、触れている彼の一部が脈打ち始めた。僅かに擦れた太腿から、その熱が伝わる。今度は意図的にその部分を指先でズボンの上からなぞる。小さな喘ぎ声が響いた。
「んっ……どうか、呼ばないで、ください」
 そう言った彼は、辛そうに眉を寄せた。名前を明かせないのであれば、偽名でも名乗れば良いものを。そうは思うが、今はどうでもよかった。
「そう」
 短く返事をして、彼の下唇を這うように舐める。舌が、甘く痺れた。


べるこさま、リクエストありがとうございました。
一方的に主人公を知っていて片思いをし、わざと誘わせた降谷さん(バーボン)であればいいなと思います。そこまで書きたかったのですが、ええと、時間がある時に書くかもしれません。
嬉しいご感想もありがとうございました。私の健康にまで、お心遣い痛み入ります。無理せずいこうと思います。

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