※そしかい後。

 xxに子供がいるのは知っていた。それでも彼女の子供であれば、きちんと愛情をもって接することが出来ると思っていた。彼女が一度でも選んだ相手との結晶をないがしろにはできない。愛する人の愛する息子ならば、きっと大丈夫だと。そう、信じていたのだが。
 やはり理想と現実は違うらしい。目の前で行儀よく座り、俺に挨拶をする子供を見て自分の表情が引きつるのが分かった。慌ててそれを取り繕うように破顔して「はじめまして」とできるだけ穏やかに言う。子供は無垢な瞳をきょとんとこちらへ向けて、無邪気に言い放った。
「あたらしいパパ?」
 xxが一瞬言葉を詰まらせ「こら」と子供の頬をつついた。ピンク色のふくふくとした頬は、彼女の細い指で押されてすぐに元に戻る。xxは困ったように眉尻を下げてこちらを見た。
 xxの子供に会わせてくれと言ったのは俺だ。それは彼女との今後を考えてのことで、もちろん子供の言う通り彼の新しい父親になるつもりがあるという意思表示だ。xxの方もきちんと“そういうこと”だと認識しているはずだ。しかし、やはり単刀直入に尋ねられてしまうとどうしても即答できなかった。
「そのつもり、だよ」
 一瞬にして乾いた口で、一生懸命に肯定した。すると子供は嬉しそうにはしゃぐ。xxの表情も一層柔らかくなった。
「まえのパパよりも、ずっとやさしそうだね。ね、ママ」
 子供の問いかけに「そうね」と返事をして、xxは目を細めた。
 前の父親、つまりは彼女の元恋人。籍を入れたことは無いと彼女は言っていたので、戸籍上は自分がはじめての父親となる。それでも子供にとっては生みの親が最初の父親なのだ。考えないようにはしていたが、話題に上ると気になってしまう。しかし直接そういうことを訊くのも憚られて、小さな手がかりや面影がありはしないかと目の前の子供を観察した。
 ぷっくりとした厚めの唇は母親譲りらしい。笑い方も彼女に似ている。加えて彼女とは違う癖のある黒髪と、意思の強そうな緑色の瞳。きりっとした眉が整った顔の額縁を成していた。スプーンを左手に持ってお子様ランチを頬張る子供は、ひょっとしたらと嫌な想像をさせるのには十分だった。
 誤解があったとはいえ、あの男が気に食わないのには変わりない。どうか違っていてくれと願う俺をあざ笑うかのように、その男は現れた。
「パパ!」
「……秀一?」
 チェーン飲食店には似合わない、全身黒で塗り固めた服装でこちらへ歩いてくる男はまさしく赤井秀一だった。ぱっと顔を明るくする子供と、困惑の表情を浮かべるxx。ギリリと無意識に奥歯を噛みしめた。
 赤井はこちらへちらりと視線を投げると、ふむと一人納得したように息を吐いてxxへ向き直った。自然な動作でxxの髪に触れ、見たこともないような甘い顔で彼女の名を呼ぶ。やめろ。そう叫ぶことが出来たなら、いくらか気が紛れただろうか。
「xx、迎えに来た。ようやく全て片付いたんだ。お前たちが安全に暮らせるような環境を整えるのに、予想よりも遥かに手古摺ってな」
 呆けるxxの頭をそっと撫で、赤井は言った。それから子供の方にもぎこちなく、それでもしっかりと愛情のうかがえる表情を向ける。
「突然姿を消しておいて、迎えに来たって……そんなこと、急に言われても困るよ」
 xxは目を伏せた。大きく動揺しているのがわかる。無理もないだろう。俺だって動揺して上手く頭が回らない。
「降谷くん、悪いが彼女は諦めてくれないか」
 淡々とした口調でそう言いながら、赤井は俺へ顔を向けた。冗談じゃない。諦めろと言われて、簡単にそうできるものか。喉の奥が熱くなるのを感じながらギッと赤井を睨みつける。
「散々彼女をほったらかしておいて、よくもそんなことが言えるな。xxはもう俺の恋人だ。諦めるのはそっちの方だろう」
 ガタリと立ち上がって赤井との間に割って入る。赤井の眉がピクリとつり上がった。
「随分な自信だな」
「こっちの台詞だ」
 バチバチと火花を散らして睨み合う俺たちを止めたのは子供だった。
「ケンカはだめだよ! パパ」
 一体どちらをパパと呼んだのか気になるところだが、交互に俺たちを見つめる大きな緑色に口をつぐんだ。赤井は「すまない」と子供の髪をすく。xxもほっとした様子で俺の服の袖を引いた。

 子供にはっとさせられて、お互いに冷静さを失っていたことを自覚した。苛立ちでも拭いきれない気恥ずかしさを咳払いで誤魔化し、席に着く。赤井も俺の隣に腰を下ろした。
「それで、xx――」
 赤井がいきなり本題に入る。赤井とよりを戻すのか、俺と関係を進めるのか。よくもまあ真っ直ぐに訊けたものだ。敵ながら感心する。xxはうっと口の中で言葉を溜めると、唇を軽く噛んで自身の息子を盗み見た。やがて意を決したように口を開く。
「もう遅いよ、秀一。零と幸せになるって、やっと決めたところだったの」
 俺も子供も赤井も、同時にごくりと嚥下した。一人は安堵、一人は不安、一人は絶望。抱く感情は違えども、皆一人の女に翻弄されている。勝ち誇ったように赤井へと笑みをこぼして立ち上がった。


如月さま、リクエストありがとうございました。
子供は赤井さんが引き取り、彼女は降谷さんとゴールインすればいいと思います。幸せな家庭を新しく築いてく降谷さんと、彼女の面影を宿す子供だけを宝物にしながら切なく未来を生きていく赤井さん。ハッピーエンドですね。

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