ピロリロリンという軽快な音が、微睡みの遠くから聞こえた。私のいる部屋に最近備え付けられた電子ロック音だ。扉の開く気配がする。零さんが部屋へ入ってくるらしい。ベッドから上半身だけを起こして目をこすれば、甘ったるい声が降ってきた。
「おはよう、xx。よく眠れたかい?」
 一日中部屋の中にいる生活では、体力が有り余ってしまって正直眠る気がしない。かといって徹夜を出来るほどでもないので、睡眠時間は四時間といったところか。十分だろう。曖昧に薄く笑って誤魔化した。
「今日の朝食は和食にしてみたんだ。この前の出汁巻き卵、褒めてくれただろう? あれから、あなたのために練習をしてね」
 そう言って、彼は手に持った皿を私に見えるように差し出した。私がそれに視線を寄越したのを確認すると「召し上がれ」とテーブルの上に置く。ご丁寧に椅子まで引いてくれるので、大人しくベッドから降りてそちらへ座った。
 一度零さんから逃げ出しはしたもののあっさりと捕まってしまったが、身の危険を感じたのは連れ戻される直前だけだった。それでも日に日に溜まっていくストレスは、確実に彼への好感度を下げるのに一役買っている。この部屋から出られないのだから、当然だろう。下手な反抗はしないに限るが、べつに愛想よく返す必要はないのだということに気が付いたのは最近だ。拒絶さえしなければ、不当な怒りを買うこともない。
「いただきます」
 小さくそれだけ言って箸を手に持つ。零さんは私の向かいに腰かけ、ニコニコと嬉しそうにこちらを眺めていた。時折味の感想を求められるが、適当に頷いていれば更に彼の機嫌は良くなっていく。監禁されてから、私の彼への態度が少しだけ冷たくなったことに、彼は気が付いていないのだろうか。ふと疑問に思ったので、箸を下ろして零さんを見つめる。
「もしかして、作りすぎてしまったかい?」
 見た目だけは一級品だとため息をつきたくなる。不安げに瞳を揺らす表情に、一瞬だけ言葉が詰まった。
「……べつに」
 何となく問う気が失せて、目を伏せる。黙々と食べることを再開した。零さんはそれを見てほっと息を漏らす。ちらりと一瞬だけ前に目を向ければ、微笑んでいる割には切なげな顔があった。
 気が付いていないはずはないのだ。だからこそ彼は一層私の世話を焼き、決して逃がすまいと更に厳重に仕舞い込みたがる。私が彼を嫌うはずがないと未だに信じてはいるが、ろくに会話もしなくなった事実はきちんと認識しているらしい。
 零さんは何か言いかけては躊躇することを何度も繰り返している。それが鬱陶しくて眉間に皺が寄るが、どういうフィルターがかかっているのかお礼を言われてしまった。
「そんなことをしても、俺はあなたを手放したりしない」
 挙句には蕩けるような笑みを添えてこんなことまで宣うのだ。本当に幸せな頭をしているようだが、幸せなのは本人だけだ。大方、零さんから嫌われるためにわざと冷たい態度をとっているとでも思ったのだろう。
「ごちそうさまでした」
 それだけ言って席を立つ。特にすることもないので、食後のもうひと眠りでもしようかとベッドへ潜り込んだ。後片づけは零さんがしてくれるのだろう。
 ふわふわ、すべすべ。お腹がいっぱいになった満足感と心地よい手触りで、思わず口元も緩む。ギシリ。マットレスが余計に沈んで、ベッドが音をたてた。それから頬に柔らかい感触と、熱い吐息。首筋に当たる髪がくすぐったい。ああまだ、部屋にいたのか。
 今日は午前中だけ休みを取ったのだと囁かれ、いい加減にしろと怒鳴りつけたくなった。


さくらさま、リクエストありがとうございました。

back to top