クッションを胸に抱き、ソファの隅で丸まって座る零くんが見える。うぐ、ひく、と嗚咽する音と私の名前が交互に聞こえる。
「かわいいなぁ」
 液晶画面に手を伸ばし、指先で彼の輪郭をなぞった。私を求めて必死に喘ぐ姿に心臓が締め付けられる。かれこれ数時間、ずっとこの状態だ。
「ごめんね、辛いよね。大好きだよ、零くん」
 イヤホン越しに私を呼ぶ声に応えるように、そっと笑んだ。

 零くんと私は、十年前に出会ってからずっと一緒に過ごしてきた。その必要があったからだ。零くんはセンチネルで、そのガイドが私だった。センチネルは一般人よりも五感や身体能力が非常に優れているが、その力の制御ができるガイドがいなければ暴走してしまう。センチネルとガイドのペアは運命的に生まれながらにして定まっており、ペアと出会えるかどうかというのはセンチネルにとって死活問題なのである。だから零くんが私を見つけたとき、絶望の淵から救われたような表情をしたのは不思議なことではなかった。私の傍をずっと離れようとはずに「xx、xx」と彼が懐いたのも当然のことだった。
 私には、それが最高に快感だった。見目麗しく、能力に優れた異性が自分を必要としているのだ。彼の力が暴走すれば、私が癒した。一緒に過ごしていくうちに、惹かれ合いもした。私がいなければ、彼は生きていけないのだ。
 幸せな恋心に似たときめきは、次第に暗く深い優越感へと変わっていた。引き金は、はじめてのケンカだった。「だいきらい」と私がそう叫ぶと、零くんはそれまで吊り上げていた眉を戻して全くの無表情になったのを覚えている。怯えた声色で「すてないで」と言われたとき、脳が痺れるような感覚がした。すとんと腰を抜かして、固まった表情のまま涙を流す彼がたまらなく私を興奮させた。
 以来、今のようにこうして定期的に零くんを拒絶したフリをする。行かないでと縋る零くんの腕を振り払って、時には手を上げ、酷い言葉を吐いて出て行く。そうすれば零くんは私が居なくなった部屋で泣いてくれるのだ。私を思って、求めて、嗚咽してくれるのだ。それが見たくて、何度も繰り返す。
 普段、私と零くんは必要以上にくっついている。そんなセンチネルがガイドと離れた時の負担は通常よりも大きくなる。慣れない環境とガイドが傍に居ない不安に潰されてしまう。不安定になった能力が彼を飲み込む。
 画面の前にいる零くんが、まさにその状態だ。うっとりと眺めていれば、零くんは泣きつかれたのか眠ってしまっていた。天使のような寝顔を、直接息のかかる距離で堪能したくなる。思わず戻ろうかと考えて、思い直した。いつもこうだ。結局は彼に会いたくて、日を跨がずに帰ってきてしまう。もう何回も同じことをしているから、零くんもきっと分かっているのだろう。それでも力の暴走が怖いのか、毎度私の優越感と支配欲を満たしてくれるので不都合はないのだが。気が変わった。たまには一晩くらいおいてみよう。
「ごめんね、今回はもうすこしだけ我慢してね」
 零くんに甘く語り掛けた。もちろん返事は返ってこないし、聞こえてさえいないのだけれど。我ながら酷いことをしていると思う。しかし、止めようとは思えない。零くんが好きだから。彼に必要とされたくて、必要とされていることを確かめたくて、こうでもしないと必要とされない気がして、好かれている自信が無くて、彼を追い詰めずにはいられないのだ。

 しばらくして、夜が明けた。太陽の光が部屋に差し込んだ頃、零くんが目を覚ました。頭痛がするのか、零くんは片手で頭を押さえると大きくため息をつく。
「ほんとうに、捨てられたのかもしれない」
 ぽつり。呟き声でも拾ってくれる高性能マイクにはお世話になっている。あまりにも小さな声だったから、これがなければ聞き逃していたかもしれない。
 零くんはいつも以上に辛そうな顔をしていた。ふらふらとした足取りで、彼は寝室に向かうようだ。カメラを切り替えた。寝なおすのかと思いきや薬箱を漁りだす。そう時間かからずに、目的の物を見つけたようだった。彼の右手に掴まれている瓶は、眠りの浅い彼のために私が買ったものだった。零くんはベッドに腰を下ろして瓶を開ける。どばっと錠剤を手のひらに乗せて、深く息をするのが見えた。
 まずい。一晩くらい離れていても暴走で死にはしないと高をくくっていたが、まさか自分から選ぶとは。慌てて零くんへ電話をかけた。手元とイヤホン越しで、着信音が鳴っている。零くんは視線を携帯に移して立ち上がった。
「xx?」
 嬉しそうに、零くんは私を呼んだ。絶えず聞いていた声だというのに、随分と久しぶりに思える。
「昨日はごめんね、今から戻るから」
 大好きだよ、ゆるして。何度目か分からない台詞を吐いた。随分と虫のいいことだ。「もうしない」と言えない自分に、嫌悪感さえ抱く。零くんが「はやく戻ってきて」と返したのに頷いて、電話を切った。液晶画面をオフにしてイヤホンもはずす。碌に使っていないホテルのベッドに投げ出した荷物をもって、彼の元へ急いだ。

「やっぱり。こうすれば戻ってきてくれると思った。だいすきだよ、xx」


ザルツさま、リクエストありがとうございました。
センチネルバースを今回はじめて知りまして、少々お勉強しました。最高ですね。依存のためにあるパロディなのではと感動しました。教えて頂いてありがとうございます。
初期からたずねてくださっているようで、本当に嬉しいです。精一杯楽しく頑張ります。

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