「こっちだ、急げ」
 視界が暗く狭い。一瞬振り向いてxxが付いてきていることを確認してから速足で進む。なるべく気配と足音を殺そうと努めるが、ここは地下通路だ。どうしても二人分の足音が響いてしまう。しばらく無言のまま目的地を目指した。
 曲がり角まで差し掛かり、念のため懐の銃に手を伸ばす。ライフルはかさばるので手元にない。そっと覗き込み、敵方がいないのを確かめてその奥にある扉へと走った。俺のすぐ後ろをついてきていたxxも、警戒しながらそれに続く。
 扉は電子ロックで閉ざされていた。解除コードを入力しなければ開かないらしい。組織の地下研究所だ。このくらいのセキュリティは当たり前だろう。ふむ、と思案すればxxが迷いなくキーボードパネルに手を伸ばした。音もなく番号が入力されていく。液晶にCLEARの文字が表示されると扉は静かに開いた。
 xxは得意気に口角を上げる。可愛らしい表情に思わず手を伸ばしそうになるが、ぐっと我慢した。ここを出ることができれば、計画の第二段階がクリアだ。目を細めるだけにとどめて先を急いだ。

 危なげなくxxと共に研究所を後にすることができた。ビジネスホテルの一室まで到着して緊張が一気に解かれたのか、xxはへたりとベッドに倒れこんだ。
「上手くいって良かったですね」
 それに「ああ」と短い返事をしてカーテンを閉める。本当に、上手くいって良かった。笑いだしそうになるのを堪えた。
 よほど疲れたのか、数秒前まで起きていたxxは既にすうすうと寝息を立てている。先輩として慕われ信頼されているのは分かっているが、こうも無防備な姿を晒されると複雑な気持ちだ。今回の場合は、安心して眠ってしまったのだろうが。xxの寝顔を眺めて、今度は思い切りだらしなく表情が緩むのがわかった。
 xxはFBIの後輩で、組織員としては先輩だった。彼女が先に研究員として黒の組織へと潜入し、それとは別の方面で組織を探るという名目で俺も潜入捜査を開始した。戦闘にこそ長けてはいないが、彼女は優秀だ。前々から一目置いていたことと、大きく罪深い秘密を共有する立場となったことで彼女へ心惹かれていったのはおかしなことではないだろう。おかしいのは、その先だった。潜入捜査官として徐々に成長を見せるxxが、頼もしいと同時に何となく不快だった。xx自身が不快だったのではない。彼女が成長するにつれ自分から離れていくようで、俺がいなくとも大丈夫だと見せつけられるようで、それが胸を締め付けた。後輩が一人前になったのを喜ぶ半面、一種の恨みにも似た気持ちは時が経つにつれ取り返しのつかないところまで膨れ上がっていた。
 気づけば彼女を組織とFBIから遠ざけ、自分に縛り付ける算段を立てていた。第一段階はxxがNOCだと組織に感づかせることだった。そうすればxxは組織にいられなくなり、逃亡を図る他ない。証人保護プログラムを受けても受けなくても、組織に関わってしまったのだからかつてのようにFIB捜査官として過ごすのは至難の業だ。NOCだとバレたことによる心労で、xxの体調も悪くなってきていた。療養という提案は彼女を安易に外へ出さないための盾にもできる。第二段階はxxを組織から抜けさせることだった。逃亡するにも一人では難しいだろうからと俺が手助けを申し出れば、xxは嬉しそうに頷いていた。久々にxxの役にたてるのだと思えば、手筈を整えるのも苦労には感じなかった。
 ここまで来るのもそれなりに大変だったが、これからが本番だ。最終段階、xxを囲う。俺に頼らざるを得ない状況を引き伸ばし、死ぬまで手元に置いておく。良好な関係を築いていくためにも感づかせてはならない。FBIという後ろ盾があるにしても、結局は一人では身動きがとれないのだ。追われている身なのだから、とでも言い含めれば彼女は素直に隠れて生きていくだろう。その隠れ場所が俺の後ろであればいい。
 xxの身体に毛布をかけて、そっと頬を撫でた。


「――今後の方針は、そんなところか」
「すみません。ご迷惑をおかけします」
「別にお前のせいではないし、迷惑ならばここまでしない。こういう時には、別の言葉が欲しいものだな」
「ふふ、ありがとうございます」
 そう言って、xxは俺が手渡した薬を口に含んだ。精神安定剤だと言って寄越したそれが本当は何であるかなど、彼女には一生知らないままでいて欲しい。


炭火焼きさま、リクエストありがとうございました。
皆さん素敵で独創的なアイデアを授けてくださるので、私の物書き力が試されている気がします。悩んだ末のリクエスト大変嬉しいです。烏滸がましい限りですが炭火焼きさまの生きる活力となれれば幸いです。

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