するりと彼女の頬を撫で、その眉が僅かに跳ねるのを眺める。しかし視線は交わらない。長い睫毛が時折瞬く。文字を追う彼女に見惚れながらも、俺の代わりにxxの視線を独占する本を取り上げた。
 xxはそこでようやく俺の方へ顔を向けると、何をするのだとばかりにむっと唇を閉じた。そんな表情をしても可愛らしいだけだが怒らせるのは本意ではない。
「寝る前の読書とは感心だが、隣にいる俺を蔑ろにするな」
 本をナイトテーブルに置いてからxxを覗き込むようにして見た。う、と詰まったような声が上がり、小さく瞳が揺れている。xxが動揺していることに満足してククと笑い声を漏らした。
「別に、蔑ろにしているわけじゃないですよ」
 頬を染めてふっと視線を逸らす彼女に目を細める。xxが俺を横切るようにして本に手を伸ばした。それを黙認してはせっかく取り上げた意味がない。優しく腕を掴み、そのまま自分の頬へ持っていく。すべすべとした感触が気持ち良い。突然のことに固まるxxに熱視線を送れば、はっとしたように抵抗しようと腕に力が入ったのが分かった。そう易々と逃がすつもりはないので挑発的に手を握り直せば、今度は意思をもって耳に触れられた。驚いて声を洩らせば、してやったりとした顔のxxが笑っていた。
 その顔につい嬉しくなってxxをぐいと抱き寄せる。抗議の言葉も聞こえた気がするが、悪戯を仕掛けたxxが悪い。可愛い可愛いと首元を撫でつけ、ついでに唇を寄せた。ぴくりと身体を震わせて、焦った様子のxxの反応を楽しむ。徐々に口づけの位置を上にずらし、赤く柔らかいそれと重ね合わせた。閉じられていない瞳が潤んでいる。耐え切れずに彼女を押し倒せば、彼女の身体が強張ったのが分かった。
「大丈夫だ」
 ゆっくりと緊張をほぐすようにしてxxの髪をすくう。しかしそれでも、ぎゅっと身を縮こませるxxが俺を見ることは無い。これまでも何度か自然なアプローチを仕掛けてきたが、いつもゆるゆると躱されてしまうのだ。だから今度こそはと逃げ場のない寝室でそういう雰囲気にしたのだが、失敗だったか。
「嫌か?」
 妙に情けない声が出た。自分で聞いておきながら、答えを聞くのが怖い。愛し合っている自信はあるが、もし嫌だと言われてしまったらと想像して喉の奥が締まった。xxは俺の問いに一瞬頷きかけ、慌てて首を横に振った。若干の引っ掛かりを覚えながらも安堵するが、太腿にやった手を振り払われて心臓が冷えた。
「……xx?」
 湧きあがった苛立ちを押さえつけて彼女の名前を呼ぶ。彼女を求めているのは俺だけなのかと眉間に皺が寄りそうになるが、ふうと長く息を吐いて目を閉じた。
「ごめんなさい」
 再び目を開ければ、不安げな顔をしたxxが震えていた。ああそうか、怖がらせてしまったのか。生娘のような反応が愛らしくもあり、憎らしい。俺と出会う前とはいえ他の男に許した身体を、なぜ俺には。無理にでも組み敷きたくなるが、彼女の嫌がることはしたくないという思いがギリギリそれを思いとどまらせていた。
「心の準備を、もう少しさせてください」
「三分でいいか?」
 我ながら意地の悪い返しをしたものだ。xxは「そうではなくて、」と戸惑いがちに俺の鼻を触わるとぎこちなく微笑む。あまりの可憐さに息を飲んだ。それにしても、鼻に触れることの意味を彼女は分かっているのだろうか。
「いきなり、こんなに距離を縮められると……その、困るといいますか、心臓がもたないといいますか」
 耳まで肌を紅色に染め、xxは俺の胸に手を当てて押しやった。そういえば、同棲する前はこんな距離にいることが皆無だったのだと思い出す。あの日まで手を繋いだことすらなかったのだから、xxが戸惑うのも無理はないのかもしれない。今までを埋めるために少し急ぎすぎたか。
「長くは待てそうにないが、お前がそう言うのなら努力しよう」
 最後に軽く額に唇を寄せてxxから離れた。xxがお礼と謝罪の言葉を紡ぐ。それにふっと表情を柔らかくして「おやすみ」と電気を消した。その直後、xxが難しい顔をしたのに気が付くことはできなかった。
 ほどなくして聞こえてきた寝息に、頭を抱える。嫌われたくない一心でああは言ったが、俺は一体いつまで我慢できるだろうか。


スズランさま、リクエストありがとうございました。
楽しみにしていると言っていただけて、願望を書き散らした甲斐があったなと思います。こちらこそ、素晴らしいシチュエーション提供ありがとうございました。

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