妙に暑いと思って目を覚ました。おまけに体の自由も利かない。熱帯夜と金縛りのダブルパンチだろうかなんて考えて、すぐにあり得ないと思いなおす。今は春先だ。
さてどういう状況かと把握するのに時間はかからなかった。後ろから、零さんに抱きつかれているというだけのことだ。頭を丁度肩甲骨のあたりにくっつけているらしく、彼の体温と息がうざったく背中にまとわりつく。完全にホールドされた状態では寝返りも満足に打てなかった。おまけに時折小さく響く零さんのすすり泣く声が、振動としてダイレクトに背骨に伝わってゾクゾクした。もちろんこのゾクゾクは快のシグナルではない。
背筋を伸ばす。零さんが私を呼んだ。声を出すのが億劫で、返事はしない。代わりに腹部へ回っている彼の腕を軽く叩いた。すると余計に締めつけられた。離せ、という合図だったのだが伝わらなかったらしい。
眠い。しかしこのままでは二度寝も出来そうにない。零さんの手を握って腹から引きはがす。思い切り力を入れれば案外難しくはなかった。人の熱から解放されて、やっと息を吐く。だいぶ涼しくなったと目をしっかり閉じた。
「どうして。いやだ」
耳に息のかかるほど近い場所で、零さんが囁いた。思わず眉を寄せると目尻に柔らかい感触がする。離れると同時にリップ音が鳴った。今目を開ければ面倒なことになりそうだ。日が昇りはじめるまでは寝ていたい。しばらく好きにさせていれば、じきに零さんの気もすむだろう。そう思い、耳から頬、首まで降り注ぐふわふわとした熱を気にしないように狸寝入りを決め込んだ。
「xx、おきて、xx、xx……おきてくれ、お願いだから」
ところがいくら待っても零さんが落ち着く気配はない。それどころか段々と焦燥や狼狽が大きく感じられるようになった。仕方がない。起きろとせがまれているならばそうした方が賢明だろう。
おもむろに目を開けば、暗闇の中で揺れ潤む青とかち合った。零さんは、はっと息を飲んでからゆっくりと笑う。心ゆるびした声色で「よかった」と私の髪を撫でた。
「夢を見た。最悪な、夢だった」
そう言いながら零さんはまた私を後ろから抱き込んだ。今度は包み込むような恰好だった。決して逃がすまいと強くされているのが分かる。息苦しいので、素直にそう伝えれば零さんが嬉しそうに「ごめんな」と謝った。
「絶対に、俺から離れていかないで。これからも、ずっと。俺の目の届く範囲にいてくれ」
鼻をすする音と共に、かすれた声が融ける。返事を期待されているわけではないらしい。だんまりを続けていても特に咎められることはなかった。
「怖いんだ、あなたを失うことが」
仄かに荒いが規則正しい息遣いに微睡み始めた頃、思いだしたかのようにきゅっと胴体が締め付けられる。
「……大丈夫、ですよ」
気だるげな自分の声が妙に耳に馴染んだ。零さんはふっと息を漏らすと私の頭に頬擦りをする。それが何だか撫でられているようで、柄にもなく気持ちが緩む。すき、すき、とすぐ背後で洩れ聞こえる音が、いつのまにか遠くなった。
岬さま、リクエストありがとうございました。
かっこいい降谷さんは皆の憧れですよね、私も好きです。かっこわるい降谷さんがもっと好きなだけです。そんなつもりはなかったのですが、い、言われてみればこれは軟禁ですね……? 犯罪の雰囲気がぐっと強まりましたありがとうございます。
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