煌びやかな礼装に身を包み、料理を片手に談笑をする人々に囲まれていた。一緒にいるのは蘭ちゃん、毛利先生、コナンくん。私もカクテルドレスを着用している。浮いていないといいのだけれど。
 小さめのカクテルグラスをウエイターさんから受け取り、一口煽る。アルコールが薄く、しゅわしゅわと甘い。ウイスキーを持ってこいとは言わないが、ピーチフィズで酔えるとは思わない。ジュースとしては美味しいし、そもそも立食パーティーは酔うのが目的ではないので文句は言えないが。
「物足りないって顔ね」
 下から聞こえてきた呆れ声にギクリと肩を揺らす。視線を下げれば哀ちゃんが腕を組んで佇んでいた。上品で可愛らしいドレスが良く似合っている。遅れて博士も人込みから顔を出した。
「まあね。飲んでみたい?」
 ヘラリと笑ってグラスを差し出せば「犯罪よ」と正しく断られてしまった。そうか、小学生だった。仕方なく残った炭酸ジュースを流し込む。即座にウエイターさんが空けたグラスと引き換えに新しい飲み物を配給してくれた。白か、悪くない。
「あ、いたいた!」
 来賓への挨拶を終えたらしい園子ちゃんが戻ってきた。
 今回のパーティーは鈴木財閥主催のようで、園子ちゃんが是非にと誘ってくれたのだ。さぞ美味しいものが食べられるのだろうと快諾したのは正解だったようだ。最初は安室さんも一緒に来るはずだったのだが、直前になって黒いお仕事が入ってしまったらしくエスコート役はいない。自分なしでは私をパーティーに行かせたくなかったようだが、せっかくの機会を逃したくない一心でお願いをすれば渋々許可が下った。知らない人に話しかけられても会話をするな、絶対に一人になるな。ええと、あとは何だったか。色々と約束をさせられたのだが、細かすぎて覚えきれなかった。
「xxさんって、お酒強いですよね。ちょっと意外」
 蘭ちゃんがそう言ったのをきっかけに、毛利先生がすかさず飲みに誘ってくれる。日本人らしく遠回しに断っていれば、会場の照明が落ちた。間を置かず、壇上にライトが集まる。何か催し物だろうか。園子ちゃんが「はじまるわよ」とウキウキした様子で言ったのが聞こえた。
 幕が上がる。劈く悲鳴と周囲のどよめきで、事件が起こったのだとようやく理解をした。ぼんやりと会場を見回すばかりの私とは反対に、毛利先生とコナン君が駆け出した。いつもながら逞しい精神をしている。遠目だったから良かったものの、芸術品のように飾られた人体を間近で見ることなんてできない。呆然と立ちすくむ私に、蘭ちゃんが大丈夫ですかと手を引いてくれた。

 蘭ちゃんや園子ちゃんと一緒に行動していれば、いつのまにか事件は解決していた。毛利小五郎様様である。夜ももう遅い。今日は同居人が帰ってこないので、多少遅くなっても大丈夫だろう。そんな事を思っていたのだが、園子ちゃんがまさかの提案をしてくれた。
「事件のせいで楽しいパーティーが台無しになっちゃったけど、みんな良かったらウチのホテル泊っていかない? もちろん、xxさんも」
 そう言ってウインクをした園子ちゃんに、蘭ちゃんが嬉しそうに声をあげた。他の面々も乗り気のようだ。いいの? と園子ちゃんに確認すれば快活に頷いてくれた。お言葉に甘えて泊まらせてもらおう。
「今日はたくさんお喋りしましょう! 私、xxさんともっと仲良くなりたかったんです」
 部屋へ向かう途中、蘭ちゃんが無邪気に笑った。女子高生二人と相部屋らしい。キラキラとした瞳が眩しい。
 ここよ、と園子ちゃんが扉を開いた。豪華なベッドが三つ並んでいる。園子ちゃんが真っ先にベッドへ飛び込んだ。蘭ちゃんはそれに苦笑しながら荷物の整理をしている。私もふかふかのベッドに腰かけた。そういえば、と一応零さんに連絡をする。面倒な仕事だと言っていたので返事の期待はできないだろうが、きちんと報告をしたという事実さえあればいいので問題はない。
 女子高生たちと楽しく会話をしながら、立ち上がってミニバーを物色する。ううん、好みのものがない。ホテル前のコンビニにでも行こうかな。
「飲み物とお菓子買いに行くけど、二人とも、何か希望はある?」
 振り返ってそう言えば、遠慮しつつもしっかりと注文が飛んでくる。任せて、と部屋を出た。

 コンビニで目的のものを買って部屋に戻る途中、見覚えのある配色が見えた。ダークスーツに映える、金色と褐色。彼と一緒にいるのは知らない女性だ。三十半ばくらいの、妖艶で綺麗な人。お仕事って、そういうことだろうか。それともあるいは単なる……皆まで言うまい。どちらでも良いけれど、廊下の隅でキスをするときにはもっと人目を気にして欲しい。
 向こうに気付かれても拙い。その前にこの場を去らなければ。そっと足音を立てないように。ゆっくりと回れ右をし始めたところで、青い目がこちらを捉えた。それが驚愕で見開かれていく。相手の女性は彼以外見えていないようだ。ああ、気まずい。体だけを来た方向に戻し、肩越しに「ごゆっくり」と唇を動かした。
 別の道を通って、急いで部屋へ戻る。何事もなかったように園子ちゃんたちへジュースを渡し、ガールズトークを再開する。すっかり夜も更けてしまった。
 盛り上がってきたところで、コンコンとノックの音がした。

+++

 他人から貰った物を口にするなと言っただろう。ターゲットとの待ち合わせ中、携帯を覗きながらため息をついた。画面には送ったイヤリングに仕込んだカメラからの映像が映っている。今日は傍で守れないので、散々パーティーでの注意事項を言い含めたというのに。画面の端でウエイターが彼女に熱っぽい視線を送っているのが見える。確かにカクテルドレスに身を包んだxxは最高に綺麗だが、やはり俺以外の前に晒すべきではなかったか。ギリ、と奥歯を噛みしめた。
 コツコツとヒールの音が聞こえてくる。不自然に見えない動作で携帯を仕舞い、姿勢を正す。やがて姿を現した女に、にこりと笑みを向けた。女は分かりやすく頬を染める。今日のために、嫌悪感を抑えて好感度を上げてきた甲斐があった。今日はこの女と食事をして、酒を飲ませ、とってある高級ホテルで一夜を明かせば任務完了だ。引き出すべき情報はもう全て持っている。にもかかわらずこの女と縁を切ることが許されないのは、まだ使い道があるからなのだろう。今回だって俺の時間と引き換えに強力なコネクションが手に入ることになっていた。
 猫なで声で俺の偽名を呼ぶ声は、俺に何の感情ももたらさない。ただ女の望む表情と言葉を操り、優しくしてやればいいだけだ。程よく酔った様子の女を連れてレストランを出た。そのまま予約してあったホテルへ向かう。道中の甘い言葉とスキンシップも忘れない。首尾よくフロントで部屋の鍵を受け取り、もうすぐ部屋につくという時だった。
 女が不意にキスをせがんだ。ああ面倒くさい。さっさと部屋に入ってことを済ませ寝てくれればいいものを。もちろんそんな内心はおくびにも出さず、ゆるりと目を細めて女の顎に手を添える。潜ってから鍛え上げられたポエミーな口説き文句を吐きながら上から唇を奪った。
 もう良いだろうと女から少し顔を離す。何気なく見た先に、この光景を一番見られたくない相手が立っていた。全身から血の気が引いていく。なぜこんなところに。xx。近くの会場でのパーティーだっただろう。ああ違うんだ、これは。
 声に出さなかったのは褒めるべきところだろう。今すぐ女を押しのけて弁解をしたいところだが、背負うリスクを考えるとそれができない。嫌な汗が背中を伝う。一瞬がとても長く感じた。xxはくるりと後ろを向くと、上半身だけ振り返った。ごゆっくり。確かにそう紡いだ唇は、少し震えている気がした。
 何という事だ。xxを悲しませてしまった。もっと周囲に気を配るべきだった。他の誰に目撃されたとしてもなんてことは無いが、xxにだけは知られたくなかった。後悔していると、目の前の女が俺を呼んでいた。心配そうなその目が癪に障る。お前のせいで。怒鳴り散らしたいのを我慢して、にっこりと女の腰へ手を伸ばし部屋へ連れ込んだ。さっさと済ませてxxの所へ行かなければ。


 慣れというのは恐ろしいもので、頭の中はxxへの謝罪でいっぱいでも任務は遂行できるらしい。直前に飲んだ酒も相まってピロートークもそこそこに女は夢の中だ。xxからの連絡とGPSを確認すれば、同じ階にいることが分かった。部屋番号も調べればすぐだ。
 念入りにシャワーを浴びてから服を着替え、自分が部屋にいた痕跡を消す。女に意識がないことを確認して部屋を飛び出した。一目散にxxがいる部屋の前まで行く。あれからしばらく経ってしまっている。もう寝ているだろうかとも思ったが、イヤホンから聞こえてくる楽し気な声は止んでいない。そんなに可愛い声で笑って。無理に明るく振舞っているのだろうか。
 コンコン。意を決してノックをした。扉の向こうで、蘭さんの警戒する声が聞こえる。
「夜分遅くすみません。安室です」
 声をかけると、ガチャリと扉が開いた。部屋の中にいる三人の視線が、一斉に俺へ集まっている。驚きながらも「どうぞ」と蘭さんは招き入れようとしてくれたが、備え付けとはいえ寝間着姿の女性がいる部屋に入っていくほど無遠慮ではない。
「こんな時間に女性の部屋へ入るわけにはいきませんから」
 そう断って、奥にいるxxを呼ぶ。出入口で少し話してから連れて帰ろう。そろりとベッドから降りるために伸ばされた白く細い足が、こちらへ向かってきた。
「ええと、さっきは、何と言ったらいいのか」
 xxは視線を合わせずに言った。わずかな怒りと深い悲しみが見て取れる。xxには“そういう仕事”の事を話したことは無かったので、浮気だと思われただろうか。いや、あの現場を目撃しても俺を問い詰めないのは、きっと全てわかっているからだろう。
「すみませんでした」
 愛も仕方もない行為とはいえ、不注意で不快な思いをさせた。そう言って深々と頭を下げると、xxが慌てた。大丈夫ですから、と下から覗き込まれる。ホテルの寝間着特有の緩い胸元に思わず目を奪われた。いけない、何を考えている。はっとして、それを視界に入れないようにxxを抱きしめた。園子さんと蘭さんのはしゃぐ声がする。
「あれは、その、詳しいことは家に帰ってから全部説明します。僕が愛しているのはxxさんだけなんです。誓って。ですから、」
 そこから先は声にならなかった。俺を嫌いにならないで。こんなに汚いことをしている俺を、どうか。祈るように目を閉じれば、xxの優しい声がした。
「だから、大丈夫ですから」
 背中を撫でられた感触に、全てが許された気がした。


ゴリ美さま、リクエストありがとうございました。
性癖にヒットしたようで良かったです。ありがたいことに番外編のアイデアをたくさん頂けたので、気合を入れて書いていきたいと思います。
(嫉妬を誘いたくて見せつけるルートも書いている途中で湧いてきたのですがまたの機会にします)

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