安室さんが無断欠勤を続けているのだと、おっちゃんの所に梓さんから相談があった。そういえば最近ポアロに行っても安室さんを見かけないとは思っていたのだが、ただ他の仕事が忙しいのだろうと気にしていなかった。梓さんが頬に手を当ててため息をつく。話を聞いていた蘭も不安そうにしていた。
「どっかの探偵ボウズみてえに、事件に首でも突っ込んでるんだろ」
 おっちゃんは腕を組んで鼻を鳴らす。あまり深刻に考えていないようだ。そのまま「先に帰ってるからな」とお金を置いてポアロを出て行ってしまった。
 確かに安室さんならば、事件に巻き込まれたとしても無事に犯人を捕まえて帰って来そうだが、それでも心配だ。彼ですら危機的状況に追い詰められる相手となると、まさか奴らが。嫌な想像をしてこめかみに冷や汗が伝った。
「ねえ、xxさんには連絡してみた? あの人なら何か知ってるんじゃない?」
 安室さんとxxさんがどんな関係なのかは未だ正確に掴めていないが、一緒に暮らしているのは知っている。少なくともxxさんは敵ではない。それに安室さんの様子からして、どこかへ行くにしても彼女だけには何か伝えているはずだ。期待を込めて梓さんを見上げると、彼女は静かに首を振った。
「それがね、何も知らないらしいのよ。xxさんの方は長期の旅行中で、安室さんは探偵の仕事で忙しいからって」
 梓さんはますますしょげた。焦燥で心音がドクドクと大きく響く。あの安室さんがxxさんに何も知らせていないとは。それどころか旅行だなんて、xxさんを危険から遠ざけたとしか思えない。それほどまでに良くない状況なのだろうか。一体安室さんに何があったのか。最後に会った時の様子などを思い返してみても、特に変わった様子は無かった。それは目の前にいる他の二人も同じのようで、心配そうに目を伏せている。
 ここでじっとしていても仕方がない。安室さんが姿を消した手がかりを見つけるため、外へ走り出した。


 数日間、安室さんと面識があった人たちへ聞き込みをしても成果は無かった。彼の行きそうな場所など知らないので、闇雲にスケボーを走らせる。今日も見つからないかもしれない。もっと捜索範囲を広げなければ。後々面倒になることを覚悟してでも、警察に連絡をした方が良かったのかもしれない。今からでは遅いだろうか。
 ギリと歯を食いしばり、焦る気持ちを押し殺して周囲を注意深く見渡す。一軒家、マンション、コンビニ、公園がある。何度かここにも探しに来たが、今日こそは。スケボーをわきに抱え、公園へ足を踏み入れた。
 うたた寝をする老人、違う。井戸端会議中の女性たち、違う。砂場で遊ぶ幼稚園児、違う。ベンチで虚空を見つめる金髪の男――いた、安室さんだ。すぐさま彼へ駆け寄って声をかけた。
「何があったの?」
 ほとんど崩れるようにして座っていた安室さんは、よく見れば隈と傷で酷い有様だった。しかし、誰かに暴行を受けたような雰囲気ではない。安室さんはゆっくりとこちらへ視線を下ろすと、生気のない声で呟いた。
「xxに、捨てられてしまってね」
 眉間に皺を寄せ、苦痛に耐えるような表情で安室さんは話し始める。彼女の興味を引こうとして失敗し、愛想を尽かされてしまった。全てを放り出して必死に彼女を探しているが見つからない。酷く後悔している。そういうことらしい。
 話を聞く限り原因は安室さんにあって、悪いのも彼だ。逃げ出したくなるxxさんの気持ちもわからなくはない。しかし、xxさんもxxさんだ。xxさんが居なくなれば安室さんがこんな状態になることなんて、少し考えればわかったはずだろうに。心の中で、少しだけ彼女を責めた。
 とにかく、暗い目で「xx……」と呟く安室さんをこのまま放ってはおけない。半ば強引に彼をタクシーへ乗せ、新出医院へ向かった。診察室の中まで付き添い、あれこれと世話を焼く。新出先生の問いに答える安室さんが一々痛々しかった。


 安室さんは見つかった。喜ばしい状態ではないが、最悪の事態でなくてよかった。とりあえず周囲には、安室さんは風邪をこじらせただけだったのだと誤魔化した。xxさんが戻ってくるまで安室さんの回復は見込めないだろう。
 そうすれば次はxxさんの捜索だが、彼女については大々的に探すわけにはいかない。自分から逃げたのであれば警察は頼れないし、少年探偵団などに知らせて余計な混乱を起こしたくない。穏便にことを進めなければ、xxさんを納得させて呼び戻すことはできない。下手に騒ぎ立てて隠れられてもまずい。
 梓さんに言った旅行というのは嘘だろう。xxさんの行動範囲が都内であることを祈りながら、滞在できそうなホテルなどを探す日々が続いた。しかし成果はない。安室さんを立ち直らせた方が早いのでは、と諦めかけた時、xxさんはいやにあっさりと姿を現した。
「哀ちゃんおかえり。それと、皆もこんにちは」
 博士がゲームを作ってくれるらしいから、と元太たちに無理やり連れられた博士の家。ここで聞くとは思わなかった声に驚いて、まさかと目を向ければxxさんがいた。
「xxさんどうしてここにいるの!?」
 驚きで思わず大声が出た。彼女に駆け寄り、腕を掴んで問いかける。するとxxさんは目を二、三度瞬かせて不思議そうに口を開いた。
「安室さんに新しい恋人ができたみたいだから、次の仕事と宿が見つかるまで居候させてもらっているんだけど……どうしたの? そんなに怖い顔して」
 思わず、はあ? と声が漏れた。どういうことだろうか。話が違う。すぐに問い詰めたいところだが、一刻も早く安室さんに知らせるべきだろう。xxさんへそこで待っていろという旨を一方的に伝え、携帯電話を開いた。
 数コールして、安室さんが出る。xxさんを見つけたことと今いる場所を話せば、すぐに行くと返答があった。これで大丈夫だろう。xxさんたちのいる場所へ戻って彼女からじっくり話を聞いたが、聞けば聞くほど謎が深まっていった。それと同時に、安室さんへの違和感も募る。
「彼が来るなら、私は子どもたちを連れて外で遊んでいるわ」
 傍で話を聞いていた灰原が立ち上がった。
「ああ、それが良いかもな。というかオメー、xxさんが居るなら何で言ってくれなかったんだよ」
「あら、私はあなたが彼女を探していたなんて聞いていないけど?」
 涼しい顔でそう言い残し、灰原は三人組を連れて出て行った。あいつ、知ってて黙ってやがったな。心の中で舌打ちをした。
 それから三十分もしないうちに玄関扉が開け放たれ、安室さんが駆け込んできた。少々刺激の強い再会に、若干の気まずさを覚える。xxさん以外視界に入っていないらしい振る舞いに、また言いようのない不一致を感じた。こうしてみれば、それを享受するxxさんも何を考えているのか分からない。これは近いうちに、xxさんからじっくりと事情を聞くべきなのかもしれないとため息をついた。


クロさまリクエストありがとうございました。
更新を楽しみにしてくださって恐縮です。コナンくんはいつか真実にたどり着くのでしょうね。

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