おや、いつの間に起きたんです。目が覚めたのなら呼んでくれればいいのに。大丈夫、起き上がろうとしないで。そのまま寝ていてください。チェックアウトまでまだ時間はありますし、過ぎたって問題ない。昨日は少し無理をさせましたからね。お互いに酒が入っていたとはいえ、あれは良くなかった。反省します。さて、ちょっと失礼。僕ももう一度横になりたい。ふふ、こうしてあなたの横で眠れる日が本当に来るとは。ずっとずっと、こうすることが夢だったんです。僕がまだ学生で……ざっと十年でしょうか。そのくらい前から夢を見ていました。あの頃は僕も若かったなぁ。あなたも、可愛らしいセーラー服がよく似合っていた。もちろん、今もきっと似合うでしょけれどね。そうだ。今度、あなたの母校の制服を取り寄せますね。それで僕に着て見せてください。今から楽しみです。あれ、どうしてそんなに嫌そうな顔をするんです? ああ、恥かしいんですね。違う? またまた、そんなに可愛く照れたって僕は折れませんよ。僕はね、なまえ。登校途中の満員電車で眠そうにトレインチャンネルを眺める姿だとか、駅から学校への道で友達を見つけて駆けていく姿、休み時間楽しそうにコロコロと笑う声、授業中の寝息、先生や先輩の愚痴、放課後になってこっそり寄り道をして買い食いをするところ、部活のある日はへとへとになって夕飯も食べずに寝てしまうところ、他にもまだまだありますが、全部全部、大好きだったんです。もちろん大学生のときのあなたも、今のあなたも大好きですよ。何ですかその驚いた顔は。素直に喜んでくれていいんですけどね。ほら、顔を背けないでください。もっと僕によく見せて。そう、良い子ですね。それにしても、まさか米花町に住んでいるとは思わなかったな。僕もここ数年忙しくてあなたの生活を追えていなかったから、なまえがポアロに来てくれたのは僥倖でした。あなたを見つけることが出来て本当に良かった。ええ、あの時が初対面ではないですよ。覚えていませんか? それとも僕を揶揄っているんです? ほら、あなた川に落ちたことがあるでしょう、群馬の山で。ええそうです。よくもまあ中学生にもなって、とあとで思い返して笑いましたよ。あなたみたいに小柄では無理もなかったのでしょけど。どうして知っているか、って……あの時あなたを助けたのが僕なんですよ。はは、やっと気が付いたみたいですね。そうです。あの時のお兄ちゃんが僕です。水を大量に飲み込んでぐったりして、僕に縋りつくのがやっとで、それでも何とか笑顔でお礼を言おうとするあなたはとっても魅力的でしたよ。これから先死ぬまでこの僕が守りたいと思う程度にはね。いやだな、そんな顔しないでください。青くなったり赤くなったり、忙しい人ですね。そんなところも愛しいですけど。そんな素振り見せなかったって? 当たり前じゃないですか。僕の古い知り合いだと周囲に思わせたくなかったんですよ。理由は言えませんが、少々厄介ですからね。だからあなたがポアロのお客さんで、僕はそのお客さんに一目惚れをして……っていうシナリオを考えたんです。実際上手くいったでしょう。こうしてあなたが隣で寝ているわけですから。でもまさか、あなたまで僕と初対面だと思っていたなんてね。今はもう思いだしてくれたので良いんですけど。まったく、あなたときたら僕がサービスと称してケーキをプレゼントしても、熱視線をこれでもかという程向けても、デートに誘っても、なかなか靡いてくれないんですから。薄々分かってはいましたけど、恋い焦がれていたのは僕の方だけでしたね。でもね、昨日あなたが僕を好きだと言ったあれが本気だったとしても、気の迷いだったとしても、僕はもうあなたを手放せません。こら、逃げないでください。そっちの脇腹にもキスがしたい。くすぐったいからって暴れないで。それとも、内腿の方がお好みですか? わ、ちょっと、痛いです。わかりましたから、蹴らないでください。ふふ、あなたのお腹すべすべだ。おや、どうしたんですか、はっとして。何を飲もうとしているんです? その錠剤は……ああ、貸してください。いいえ、飲ませません。だってそんなもの必要ないでしょう。ね、なまえ。好きです。大好きですよ。世界で一番愛しています。絶対に幸せにします。だから、僕と結婚しましょうね。

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