曰く、彫の深く渋い顔が好みだとか。曰く、ロマンスグレイがたまらないだとか。曰く、精確な狙撃とアクションが素敵だとか。
 せっかく普段は忙しい恋人が家にいるというのに、隣のなまえは僕を構うどころかこちらを見る気配すらない。彼女の意識と視線は先ほどからずっと画面にあって、何がそんなに良いのかと問うた答えが冒頭のそれだ。ドラマ鑑賞をするなとは言わないが僕が休みの時くらいは、と頬を膨らませた。キャラクター相手とはいえ自分以外の男を褒められるのだってすこぶる気に入らない。
 近くにあったクッションを抱え込み、頭をなまえの肩に乗せた。そのままぐりぐりと顔を埋めれば後ろから彼女の腕が回った。肩を抱いてくれたらしい。随分と男前な反応だ。けれどちらりと見上げた彼女の目線は依然としてジョンとかいう男にあって、ぐずりぐずりと臓が落ち着かない。ああ気に食わないなとなまえの首筋に唇を寄せる。すかさずなまえが僕の名前を呼んだ。
「こら、零さん」
 それから僕の顔を引きはがすようにしてなまえは自分の首筋を手のひらで覆う。顔を上げれば眉間に皺を寄せた彼女と目が合った。やっとだ。やっと僕を見てくれた。しかし嬉しくなったのもその一瞬で、すぐにさっきの体勢に元通りだ。堪らなくなって近くにあるリモコンを掴んでテレビの電源を消す。なまえが抗議の声をあげる前に膝の上に跨った。華奢な体を押しつぶさないようにと気を付け乍ら、ゆっくりと体重をかけていく。正面から見下ろせば、窮屈そうにするなまえが僕の手首を掴んだ。
「そんなに好きか、彼が」
 不機嫌を隠そうともせずに問いかける。掴まれた手首をそのままそっくり掴み返せば思ったよりも温かい。いいや、僕の手が冷たいのか。なまえは何度か瞬きをすると、ふにゃりと笑みを湛えた。心なしか照れ臭そうに眉が下がっている。そうか、そんなに好きか。正面の彼女とは反対に自分の眉がつり上がった。
「俺よりも?」
 棘のある声色だと自分でも思った。けれども悠長に彼女の機嫌を伺う余裕なんてないわけで。なまえは困ったように不自由な両手を見遣るとひとつ息を吐いた。
「まさか」
 なまえがふっと笑う。
「零さん」
 彼女の背筋がぐっと伸ばされ、顔が一気に近づく。鼻先が触れそうなくらいだ。それだけで気管の内側が焼け付くように痛い。息もまともにできないほどになまえが愛しくなった。
「意地悪が過ぎましたね、すみません」
 なまえの顔が離れていく。思わず力が緩んだのをいいことに、なまえはするりと両手を僕の頬にあてた。
「意地悪だったのか」
 頬をすりよせて恨めし気になまえを見遣る。なまえは控えめに苦笑して肯定する。
「気を惹こうとする零さんが可愛くて、つい」
 あなたの方が可愛い。反射的にそう言おうとして飲み込んだ。今僕は不機嫌なんだ。なまえに放っておかれたのを許してはいない。
「ごめんなさい、零さん」
 今更そんなにしおらしくしても遅い。
「零さんが一番ですよ」
 知ってる。そんな安い言葉で絆されると思ったら大間違いだ。
 だんまりを決め込んでいれば、ふいになまえの睫毛が鎖骨に触れた。びくりと体が震える。胸元に柔らかい感触がして「なまえ」と声を洩らせば挑発的な視線に射抜かれた。
「機嫌、直してください」
 完敗だ。ごくりと乾いた喉を潤すように嚥下して、意地悪な唇に噛みついた。


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