――いまなにしてるの
読んでから、しまったと心中舌打ちをした。平仮名の、絵文字はおろかクエスチョンマークさえ無い字面。普段の彼とは少し印象が違った。仕事だよ、と短く返信する。既読はつかない。私が平日の昼間に何をしているかなんて聞かずとも分かるだろうに。さては暇をもて余したなと思案してから、眠気覚ましの飲み物を買いに立ち上がった。
社内自販機のボタンへ指を伸ばし、さして悩むことなくエナジードリンクを買う。手には財布とドリンク。何か物足りないなと感じて瞬きをすれば、なんてことはないスマホが手元にないだけだ。取るに足らない納得をしてデスクに戻った。
――ぼく、いまひとりなんだ
――さみしい
――おねーさん
――いますぐあいたいな
――ねえ
――既読ついてるじゃん
――なんで無視するの
――ほかのおとこといるの
――ねえってば
――あいたいあいたいあいたいあいたいあいたい
戻った私を迎えたのは、せわしない仰向けの液晶画面だ。どうもスリープし忘れていたらしい。浮かんだ文字を読んで息が詰まった。
ヴヴ。また手元のそれが震える。今度は文字でなく写真のようだった。大量の錠剤を掌に溢れさせ、その奥には睡眠導入剤らしきラベルの張られた容器がある。カラフルな部屋は暴力的に散らかっていた。ちらりと見える袖は彼がいつも着用しているブラウスで、じわりと赤が滲んで見える。私の呼吸が浅くなった。
――はやくあいにきてくれないと、しんじゃうから
新しく浮かんだ文字に動揺した。いくら大量に飲んだところで市販の睡眠導入剤なんかんじゃ死ねない。手首を切りつけたってこんな出血じゃ皮膚の表面が痛痒いだけだ。そんなことは分かっていても最早黙ってデスクワークを続けるのは、どだい無理な話で。
今行くからと早急に指を滑らせ、急いで立ち上がった。財布とスマホさえあればなんとかなるだろう。ああ、それと合鍵。バッグも持たずに私は駆け出した。
「乱数ちゃん!」
やや荒々しく玄関を開けて室内へとなだれ込む。部屋は存外静かで、私の息遣いだけが壁に吸い込まれるようだ。パンプスを足だけで脱ぎ放って上がり込んだ。握りしめたスマホは死んじゃう宣言の後、既読すらつかない。
焦燥のままにリビングをのぞけばあっさりと乱数ちゃんは見つかった。縋るようにしてソファへ身体を沈めている。力なくもたれかかるその姿に血の気が引いた。慌ただしく駆け寄って頬に触れる。冷たい。ひゅっと気道の狭くなる感覚がした。床には錠剤と刃物が散らばっている。ドクドクと心臓が音をたてた。耳の下から首のあたりが脈打ってうるさい。
「乱数ちゃん、乱数ちゃん」
小柄な彼の身体を抱き起し、力なく名前を呼ぶ。よもや死んではいまいと胸に手を当てれば、同時にクスリと笑い声が耳に届いた。視線をあげる。下がっていたはずの瞼がぱちりと睫毛を持ち上げて、紫色の唇が弧を描いていた。
「オネーさんの心配そうな顔、すっごく可愛い」
甘えたように乱数ちゃんが手を握る。
「そんな顔してくれるなら、頑張った甲斐があったなぁ」
その肌の温度とは反対に彼の瞳が嬉しそうに熱く歪んだ。