執着型

 今日の晩御飯が上手く作れた。思った以上にサラサラになった髪の毛に気分が上がっていた。それぐらいの理由でわたしは元気になれる単純なやつだ。だから数日前からやろうとして、結局やってなかった電球交換に手を出した。ほんとうにそれだけだった。 二回言うけどほんとうにそれだけだった。なのに、そんな単純なわたしの手のひらには、とびきり小さくて、四角くて、赤いライトのついた箱が転がっている。



「伏見くん! ねぇ! どうしよ! ねぇ! どうしよう!!!!」
 もうちょっと身のあることを言う予定だったのに、いざ電話が繋がって仕舞えばこれしか出てこなかった。そのせいでタンマツに耳を押し付けても向こう側はしーんと静まっているばかりだ。多分もしもしって言ってくれようとした伏見くんも、一回目の「もし」からすっかり黙ってしまっている。 でもねぇ! これほんとに危ないやつだよ! だって、だって、この小さくて黒くて四角い箱って完全に盗聴器とか言うやつだよ!
「あ、あの伏見くん…きいてる?」
「……」
「えっ、ふしみくん、ねぇ、ごめんね、うるさくしたことは謝るからなにかこたえてよお」
「……」
「……ご、ごめんね」
「…とりあえず、詳細」
  半泣きになりながら謝るとはぁ、とため息をついた伏見くんはようやく言葉を発してくれた。普段からよく 呆れさせてしまっている自覚はあるけれど、ここまで心細くなったことはそうそうない。わたしはもう一度「ごめんね」と言ってから、今日の晩御飯が美味しくできたことから話し始めた。
「でね! それから新しく買ったトリートメントがすごいよくって「もういいわかった、とりあえず掃除をしてたら盗聴器が出てきたってことでいいんだな」…う、うんそう」
 あぁまたやってしまった。自分じゃあまりわからないけれど、昔から人を苛つかせてしまうわたしは今もまた伏見くん相手にいらないことを言ってしまったらしい。引っ込んでいた涙がまた溢れそうになる。伏見くんにバレないようにそーっと袖で涙を拭うと、「泣くなよ」とめんどくさそうな声が聞こえてきた。
「なまえ」
「な、なに」
「その盗聴器ってどこから出てきた」
「え、あーえっと電球の中に貼り付けてあった」
「テープは何色だ」
「透明だよ」
「ふーん」
  なにそのふーんって! またいらないことを言ってしまったのかと思ってタンマツを耳に押し当てると遠くの方でカチカチとマウスの音がする。一体なにをしてるんだろう。
「なまえ」
「はい」
「その盗聴器さぁ、俺がつけたやつだから危険はねーよ」
「……えっ?」
「なに?」
「いや、あの、…伏見くんがつけたの…?」
「そうだけど」
 え、え、あれ? 少し遠ざけたタンマツから「おい」とか「なまえ」とか「なんでそんなあほヅラしてるんだよ」とかいう声が聞こえてくる。な、なんでそんなに普通みたいな言い方するの。これってわたしがおかしいっけ。ドアを開けて玄関の方においてきた盗聴器を見る。まだ赤いランプがチカチカと点滅していて、背筋がゾッとした。 伏見くん…。普段から危ない人だとは思ってたけど嫌がらせでこんなことするだなんて見損なったよ…。
「はぁ? 嫌がらせじゃねーよ。だいたいおまえのためにやってるんだから感謝しろよ」
「わたしのため?」
「そうだっつってんだろ……おまえこの間倒れただろ」
「え、あ、うん。あの時はありがとう」
 別に、と伏見くんは言ったけれど実際別にで済ませられないぐらいわたしはお世話になった。自分でも気がつかないうちに熱が出ていたらしく、よろけてふらついてぶつけて意識が朦朧としている時に、たまたま分厚い書類を持った伏見くんがわたしの部屋に来た。結局あの後2日寝込んだわたしは、身の回りの世話から書類まで文字通り伏見くんにおんぶに抱っこになってしまったのだ。
「あの時俺がタイミングよく行かなかったら、もっと風邪悪化してただろ」
「そうだね」
「死んでたかもしれないんだぞ」
「そうかな」
「そうなんだよ、能天気が。おまえがそうだから本当に死ぬ前につけてやったんだよ」
 そ、そっかぁ……。うん? じゃ、じゃあ伏見くんはわたしのこと心配してくれてたんだね。ありがとう、でももうやめてね。と伝えたらキレ気味の伏くんに「それじゃ意味ねーだろばか」と怒られた。でもこれってプライバシー侵害というか、つまり、あの日からわたしの生活はおはようからおやすみまで伏見くんに聞かれていた、と?
「そうだけどなに?」
「えーっとその、恥ずかしいしやめてほしいなぁって思うんだけど」
「おまえ死ぬのと恥ずかしいのとどっちが良いんだよ」
「それは…恥ずかしいのだけど」
「もし俺が気がつかないとおまえ友達いねーんだから死んだってほったらかしだぞ」
「えっ! やだ!」
 電話の向こう側ではまだカチカチと忙しないマウスが動いている。ばくばくと大きな音を立てる心臓は一向に収まる気配がななった。
「だいたいもう俺が仕掛けてることはわかったんだからなにも怖くないだろ。俺がおまえに何かすると思うか?」
「しない、と思う」
「別に悪用しようと思ってつけてるわけじゃねえよ」
「うん…」
「それにこれいちいちチェックするのだって時間かかるんだぞ。気になるんだったらおまえだって俺の部屋につければ良いけど、全部見たり聞いたりするのめんどくさいだろ」
 た、たしかに…。 電話越しの伏見くんはいつもよりずっと優しい声をしている。なんだかむず痒いけど、考えてみれば伏見くんの言う通りだ。もし本当につけたって毎日チェックなんかしてられない。それなのにわたしのためにわざわざ時間を割いてくれる伏見くんは、すごく良い人なんだと思った。
「伏見くん、ありがとう!」
「別に…じゃあそれ、戻しておけよ」
 わからなかったら部屋まで行ってやるけど、と伏見くんは提案してくれたけど流石にそこまでしてもらうのは申し訳ない。大丈夫! と返しながら玄関の盗聴器を取りに行く。さっきまで怖くて仕方なかったのに、今じゃこれがわたしのことを守ってくれるお守りになったから、伏見くんはやっぱりすごい。聞こえているならこれからおはようと、おやすみも言った方がいいよねと、わたしは電球をはずしはじめた。

(盗聴器じゃ顔は見えない)



back