崇拝型

 この世には戦が絶えない。戦の連鎖を断ち切るために織田信長が他国を武力で制圧しようとしているらしいが、泰平を目指して戦うなんて、馬鹿だと思う。
 戦の前夜、私は自分の刀を手入れしながら出陣の時を待った。私も一応、織田軍の兵なので、織田信長の命令に従って戦いに出なくてはならない。けれど本当のところ、私の主は織田信長ではない。織田信長の配下の木下秀吉のさらにそのまた配下の竹中半兵衛が私の主だ。
「また刀の手入れしてるの?戦の前なんだし、ちゃんと寝なよ」
 武器をいじっていたら、突然、話しかけられた。声のした方を向くと、そこには私の主がいる。どうやら戦の前の軍議も終わり、開戦まで手持ち無沙汰のようだ。
「主君が寝ずに軍略を練ってるのに、家臣の私が寝るわけにはいかないから……」
 私は刀を鞘に収めながら答える。もし私が本当に彼の家臣なら、もっと慎んだ態度で彼に接しなければならない。けれど私と彼は主君と家臣というよりは友人に近いので、私がこのように無礼な言葉遣いで話しても彼は怒らないのだった。
「また、俺のためなら死ねるとか思ってるでしょ」
 彼は私の隣に腰掛けると、私の不躾な考えをいみじくも言い当てた。「また」というのは、私が前回の戦で死にかけたことを指している。
 私が挙げる戦果は私の主である半兵衛が挙げた戦果に直結するので、私はより多くの敵を伐ち、半兵衛の評判に貢献しようと必死だった。そんな思いが先走りすぎて無茶をし、戦死しかけることが多々ある。
 けれど私が半兵衛のために命をかけるのはそれなりの理由があるので、誰に何を言われようとこの忠誠心が揺らぐことはない。
「それはもちろん……半兵衛は私の主君なんだし」
「ほんとにきみは馬鹿だなぁ。俺のことは主君と思わなくていいって、散々言ってるのに」
 半兵衛が呆れ顔で私を見る。
 たしかに、彼は私に主従関係を求めているわけではなかった。戦のせいで孤児になっていた私を拾った時、彼は純粋に友人として私を家臣に迎えたのだ。
 けれど半兵衛は私に頭脳と武力を与え、こうして生きる術をくれたので、私は彼に恩がある。それはただの友人でいられるほど薄っぺらい恩ではない。
 半兵衛は、私が気づけなかった私の価値をわかってくれた。そして私に生きる意味をくれた。だから私は彼のためならどんな労役も辞さない覚悟でいる。私が戦うのはひとえに半兵衛のため。泰平なんかどうでもいい。
 ……なんてことを考えながら半兵衛の呆れ顔を黙って見つめ返していると、半兵衛は女の子みたいに可愛い顔に哀愁を漂わせて、ため息混じりに呟いた。
「俺はいつも、袖に露置く思いできみを死地に送り出してるのに……」
 その言葉はおそらく彼の本心だった。もし私が戦死したら、彼は滂沱の涙を見せてくれるに違いない。これほど身に余る光栄が他にあるだろうか。
 私たちの主従関係に権謀術数など微塵も存在しない。私たちは純粋な絆で結ばれているのだ。半兵衛は慈しみを超えた絶対的信頼を私に向けてくれている。だから私は奉仕を超えた絶対的心服でそれに応えるだけ。
「そこまで言ってもらえると、むしろ半兵衛のために死にたい気持ちが強くなっちゃうなぁ」
「は?なにふざけたこと言ってるの」
「ふざけてないよ」
「……ああもう!きみのそういう、まっすぐすぎるところが狡いっていうか……玉に瑕なんだってば!」
「そうかな」
 すっとぼけるように首を傾げる私をムスッとした顔で睨みながら、半兵衛は子供を諭すように、何度目かわからない説教をした。
「何度も言うけど、これだけは覚えておいてね。本当の忠誠ってのは死ぬことじゃなくて、どこまでも侍り続けることなんだよ。だからいつまでも俺の隣にいて。じゃないと許さないから」
 怒りながらさりげなく口説いてくる半兵衛の方が私より何倍も狡いと思うのだけれど、それを指摘するのはあまりに自意識過剰だし、分不相応だ。私が嬉しさと気恥しさを誤魔化すように無言ではにかむと、半兵衛はまるで愛する人を見るかのように優しく、柔らかく、私にしか見せない表情で微笑んでくれる。その顔を見て、やっぱり私は、この人の為に死のうと思わずにはいられないのだった。



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