嫉妬

「私、爆豪くんすてきだと思うのよねえ」
 目を細め、なまえが楽しそうに呟く。
「え?」
 ――耳郎はそれに少し、驚いた。
 耳郎のベッドを無遠慮に占領する幼馴染、みょうじなまえ。彼女は生まれてこの方男などに興味を示さず、音楽と――自惚れているわけでないが――自分にばかり目を輝かせていたのだから。だから、あの男が好ましい、なんてそんなことをなまえから聞かされるのには些か耳を疑い、また興味に目を輝かせる姿に目を疑った。
 しかしみょうじは耳郎の反応を無視して、頬杖をつきつつ話を続ける。
「あの乱暴そうな見た目、すごくタイプなの。かっこいい」
「へ、へえ……?」
「目ぇちっちゃいの、かわいいし。それに爆豪くん、雄英入試トップなんでしょ? ヒーロー科で成績よしなんて将来有望じゃん」
 顔よし成績よし、なかなか好物件。そう楽しげに語るなまえを、ぼんやり眺める。物件扱いなど人聞きが悪い言い方であるが、そういった言い回しをするあたり本気で狙ってるのかもしれない。なんてなんとなく考えて、ふぅんと興味無さげに相槌を打った。今まで耳郎にべったりで、それがこれからも続くのだと思っていたから、どう反応すればいいのかわからない。心の中でも驚きはしたものの、同じことであった。
 反応の薄い耳郎を、不満に思ったのか。なまえは寝そべっていたベッドから、むくりと体を起こす。
「もー響香ったら。なによそのリアクション」
「ええ、だって……なんか、意外っていうか」
「そー? 私だって女の子だし年頃だし、そういうの興味あるっていうかー……ていうかさ、響香、爆豪くんと同じクラスでしょ?」
 羨ましそうな視線を向けられて、なんとなく視線を逸らす。一瞬、胸の焼けるような感覚がした。……一体、なんだろう。なまえがにやり、ベッドの上でイタズラっぽく笑う。
「不満そー」
「え? 不満、」
「うん、すごく不満そう――ていうかさ、もしかして………嫉妬してる? 私に」
「は!? え、ちが、」
 ぼっと上昇した体の体温。それは羞恥か焦りか。
 慌てて否定しようとして、その言葉をはたと止める。本当に? そう自分の心に問いかけてみれば、イエスともノーとも言わない。わからない、そんなただ曇るだけの不明瞭な返事が返ってきて。
 言い淀む耳郎を見て、なまえは愉快そうに、口の弧をさらに深く描いた。それを目にした耳郎は、あることを察する。
(コイツ……ウチの反応見てからかってるだけだ)
 ――そうだ。時折この娘は、このような悪戯をしてくるのだと、思い返す。それに耳郎は呆れるような、そんな感情を毎回抱いているのだけれど、なんだかんだ彼女を許してしまうのであった。幼い頃から縁がある彼女だから、多少なりとも甘くなってしまう。それにきっと、耳郎自身の心の寛容さもあるのだろう。
 彼女の思惑を見抜いてしまえば、いつのまにか上がっていた体温もみるみるうちに下がっていく。――しかし、今回は。何となく、仕返しをしてみたくなって。愉快そうに笑うなまえを、狼狽えさせてみたいと、悪戯心が芽生える。
 そんな欲に従い、耳郎は思い出したように、「そういえば、」と呟いた。
「ウチも、気になる人がいるんだよね」
「え」
 ぴしり、なまえの顔が固まる。
「ウチのことからかったりしないで、尊重してくれて、優しい人」
「えっ」
「ちなみに、同じクラスね」
「だっ、誰!?」
 勢いよくなまえが、ベッドの上で立ち上がった。いきなりの衝撃に、驚いたのだろう――ぎしり、ベッドが軋んだ音を立てる。その振動が脇に座る耳郎にも伝わり、耳郎のイヤホンジャックを揺らした。
 なまえは耳郎の希望通り、大いに狼狽えていた。目を見開き、口を鯉のようにぱくぱくさせている。誰、というのは、恋愛絡みに目を輝かせたわけではないのだろう。焦りと、怒りと、そんなものに直結するもの。
 あっさりと掌で転がったなまえに気分をよくし、耳郎は笑う。
「めっちゃ優秀な人だよ。あと、顔もいいし。なまえの言葉借りるなら、好物件ってヤツ?」
「なっ、なな、……。し、失念してた……体育祭に響香のタイプそうな人がいたら、しっかりマークしておいたのに!」
 悔しげに歯軋りするなまえ。まあ、その耳郎が語る、その好物件な彼は、架空のお話なのだけれど。
 悔しさからなのか――頬を紅潮させるなまえを、耳郎は悪戯っぽい視線で射抜いた。
「みょうじ、面白くなさそうだね」
「そ、そりゃあもちろん! 響香に好きな人いるとか、聞いてないし!」
「言ってないからねぇ。妬いてんの?」
「やっ、……うん。妬いてる」
 躊躇いがちに、そう白状するなまえ。そのあと、たいそう恥ずかしそうに身を縮ませるものだから、可笑しくなって笑いを堪える動作をする。その耳郎の様子から、なまえはからかわれていることを察したらしい。するとみょうじは怒るわけでもなく、狼狽えるわけでもなく、不貞腐れたように頬を膨らませた。
「…響香の意地悪」
「ごめんごめん。でも、さっきにやってきたのなまえじゃん」
「、そうだけどさあ〜」
 不満そうな顔。けれど、耳郎が言ったことは至極正論であり、言い返しのしようがないのか。ぺたりとベッドに尻餅をつくように着地し、脇に座る耳郎にすがりつく。僅かに耳郎の鼓膜を揺さぶる、互いの服が擦れる音。
「男作るとか、やめてね」
「…えー?」
「響香のいない日常とか、ほんと無理なんだから」
 拗ねたような声音。それは可愛らしいものであったが、ついつい、それに某クラスメイトに対するような返しをしてしまう。わざと、焦らすような応答をしつつ、自身の首に回されたなまえの腕に手を添えた。
「じゃあ、ウチをからかうのもやめてね」
「ええー」
「……たまにならいいよ」
「ふふ、じゃあ響香も、たまにならウソついていいよ! あ、でも、ちゃんとほんとのこと言ってね」
 はじめは更に不満そうな声をあげたなまえであったが、今回は許してやろうとまけてやれば、満足げにそんなことを言う。そして、彼女は耳郎の頬に、自身の頬をご機嫌そうに擦り寄せてきて。
「近い」
「いいじゃんいいじゃん」
「暑苦しい…」
「でも、たまにはこういうのも悪くないんじゃない?」
 ぐっと、彼女が抱き締めてくる力を強めた。騙されやすく、表情をころころと変えるなまえ。そんな彼女の温もりを間近に感じる。
 「約束だよ」と耳郎の耳元で囁かれたそれは、柔らかくもまた、真剣味を込めていて。なんとなく、耳郎もなまえも、互いに離れることはできないのだろうと考えた。



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